浮かれ気分から冷や汗に…マニラ空港での2つの失敗?!

 

期待と不安

彼女の住むフィリピンへ初めて行ったのは、もう20年近くも前のこと。
海外旅行はそれまでも何度か行ったことはあったが、フィリピンは初めてだ。

 

 

一体どんな国なんだろう…彼女の家はどんな感じなんだろう…マニラから遠いのかな?

ご両親に結婚を許してもらえるだろうか?…兄弟姉妹は…?

 

次から次へとそんな想いが頭の中で浮かんでは消え、出発前からソワソワしていた。

 

 

 

定刻を少し回ったAM10時前に、期待と不安を胸に乗り込んだフィリピン航空431便は成田空港を離陸し、1月の日本の寒空をフィリピンへと向かった…。

 

 

 

 

約4時間のフライトで彼女の待つフィリピンへ着く。

 

 

初めて訪れる国、フィリピン航空、機長のフライト前のタガログ語でのアナウンス!
もう気分は高揚し、不安よりも期待が大きくなっていた…。

 

 

 

そして午後1時過ぎ、まもなくマニラ空港へ到着のアナウンス。窓から見える街並みが段々近付いてくる。

 

 

都会的な高層ビルもあるが、トタン屋根みたいな民家が多く、ごちゃごちゃしたところだな…というのが上空から眺めたマニラの第一印象だった。

 

 

 

当時はまだ第2ターミナルはないので、古い第1ターミナルへ到着。天候は薄曇り、気温35℃くらいと記憶している。滑走路の向こうに見えるヤシの木が、本当にフィリピンに来たんだな!と感じさせた…。

 

 

 

飛行機を降り、入国審査場へ向かうが、やはり噂通りの混雑振りだ。

狭いうえに大勢の乗客が階段にまで列をなして待っている。

 

世界でワースト1とも言われる、マニラ空港の評判の悪さを身をもって感じた。

 

 

これがフィリピンなんだ…妙な余裕で順番を待っていた自分に、後でトラブルが起こるとは、この時は思いもしなかった‥。

 

 

 

入国できない?!

何分、いや何十分待っただろうか…やっと自分の順番が来た。

パスポート、航空券、入国カード、税関申告書を審査官に差し出し、入国スタンプが押されるのを待っていたのだが…?

 

 

 

審査官の女性が怪訝そうな顔になった。何か問題があるらしい。

 

 

 

英語で尋ねられたが、悲しいことに英語が苦手な自分には意味が分からない!

さすがに審査官も困り果ててしまい、隣の同僚に相談し始めた。

 

 

他の乗客の好奇の目に晒され、30分くらい待っただろうか…乗客の一番最後に入国スタンプを押されて、やっと入国出来た!

 

 

その時は理由がわからなかったが、入国カードと税関申告書にフィリピンでの滞在先住所が記入してなかった為と後に判明。どうやら、機内で配られた時にすぐに書かず後回しにして、そのまま忘れてしまったらしい…。

 

今思い出しても、よく入国させてくれたな、と感謝するばかり。

 

 

 

一万円札を…

やっと入国でき、人影もまばらな中を荷物受け取りのターンテーブルへ行くと、荷物が一つも無い!!

 

 

入国審査で手間取り、かなり時間をオーバーしてしまったから荷物を片付けられてしまったようだ。

 

 

荷物預り所のような所を見つけ、何とか探し出してもらえた。

 

 

お礼を言って空港の外に出ようと歩き出すと、荷物を探してくれた男もついてくるではないか!

 

 

 

「おカネ、おカネ!」

??

 

 

どうやら、探してあげたからお金ちょうだい!ということらしい。

 

今ならタガログ語で、「ソーリー、ワランペラー!(ごめんね、お金ないよ!)」とか軽く流してしまうだろうが、右も左もわからない初フィリピン、チップだと思い千円くらいなら…と財布を見ると一万円札が数枚で千円札がない!

 

 

目の前の男は、お金が貰えるのを待っている…。

 

 

ここで一万円払うなんていいカモだ…。

 

 

わかってはいるが、だいぶ時間がオーバーしていて外で待っているはずの彼女が気になっていたのと、早く外に出たい気持ちが強かった為、一万円札を一枚、男に渡してしまった…!

 

 

男は嬉しそうに一万円札を受け取ると、カタコトの日本語で「アリガト!」と言って立ち去っていった。

思い出しても恥かしいこの出来事も、高い授業料と思えば…。

 

 

 

 

空港の外に出ると、初めて感じるフィリピンの熱気が全身を包み込んだ…。

初めて会ったのに、こんな行動を取ってしまった結果…

 

 

あるフィリピーナとの出会い

子供の頃からTVなどで身近な外国といえば、アメリカ、イギリス、フランスなどのいわゆる先進国で、ニュースや映画、ドラマでそれらの国の文化や生活ぶりに触れていた。

 

日本とは違い、広い庭にお洒落な家、豪華な食事、大きくてカッコイイ車に乗り、金髪の素敵な彼女…そして広大な自然…

 

 

 

「外国っていいなぁ…こんな生活してみたい・・・!」

 

 

子供心に、そんな憧れを持ったのを覚えている。

 

 

今でこそ新興国と呼ばれ、経済発展が著しいフィリピン、マレーシア、タイなどの東南アジア諸国も、自分が子供の頃はまだまだ貧しい国というイメージが強く、加えて第二次大戦で日本が残虐行為を行い大きな被害を与えた国々、と学校で教えられていたので、華やかなイメージのアメリカやヨーロッパ諸国に比べて、暗いイメージしかなかった。

 

 

 

日本人旅行者がスリ、殺人などの被害に遭ったり、クーデターなどの政情不安のニュースを聞くたびに、東南アジア、特にフィリピンは危ない!と好きになれずにいた。

 

 

 

ファーストタイムの彼女に…

二十歳の時、職場の先輩に連れられて、初めてフィリピンパブに行った事があった。

 

その先輩は、お気に入りのフィリピーナ目当てにそのお店に通いつめていた強者、当時まだ珍しい俗に言うピン中だった訳だが…。

 

 

 

時はバブル時代の絶頂期。

 

毎週末には友人と飲んだくれていたが、その頃日本全国に広がりつつあったフィリピンパブには全く興味がなく、日本人の女の子のお店にしか飲みには行かなかった。

 

 

 

おごってやるよ、という先輩の言葉に少々気が向かなかったものの、フィリピンパブへ行くこととなった。

 

お店に入りテーブルにつくと、女の子が二人つく。
先輩には指名したお気に入りの女の子が、自分にはもう一人の女の子が隣に座る…。

 

 

 

「ハジメマシテ~○○デース…ヨロシク~♪」

 

 

初めて目の前で見るフィリピンの女の子は、化粧が濃く、TVなどに出るフィリピンパブのフィリピーナそのもの。

そんな彼女の第一声に、うわっ!と思わず拒否反応が湧いてきてしまった…。

 

 

聞けば何と彼女は、初めての日本だというではないか!!

 

 

「オナマエハ、ナンデスカ?ナンサイデスカ?」
「オシゴトハ、ナンデスカ?」

 

 

 

片言の、本当にタドタドしい日本語でいろいろ聞いてくる。

 

簡単な日本語しか通じないため、こちらも英単語を交えながらの会話が続く…。

 

 

しかし、そんな会話も長くは続かない。時々沈黙の気まずい空気が流れ出す。

 

先輩はというと、お気に入りのフィリピーナと楽しそうに盛り上がっている。

 

 

 

「ウタハ、スキデスカ?」

 

彼女の一言に、たまらずカラオケに逃げ場を求め、残りの時間のほとんどを歌って過ごすことに…。

 

 

そんな初フィリピンパブだった。

 

 

 

心に残ったモヤモヤした感情…

じゃぱゆき、と呼ばれる日本への出稼ぎのフィリピーナ、たどたどしい日本語、以前から持っていたフィリピンへのマイナスイメージ…。

 

それらが重なり、当時は好きになれなかったのかもしれない。

 

 

初めて日本に来て、わからない日本語に毎日悪戦苦闘し、辛いことに涙しながらも、故郷の両親や兄弟姉妹の為にお金を稼ぐ…。

 

そんな健気なフィリピーナを目の前にして、自分の勝手な思い込みから拒否反応を示したことが、とても残念でならない。

 

 

 

 

あの時の女の子が、今は幸せに暮らしていることを願わずにいられない。

 

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執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過中。詳しいプロフィールはこちら
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