結婚は一生に一度だけ

 

結婚して目が覚める?

恋は盲目とも言われるが、

恋人同士の頃は、

まるで世界は二人だけのためにある…

 

そう思ってしまうほど、周囲が見えず、視野が狭くなってしまう。

 

 

二人だけの甘いささやき、

 

そして幸せな気分に心は高揚し、

このまま一生、二人で幸せに暮らしていけるのではないか…

 

そう確信し、お互い結婚に踏み切るのである。

 

 

だが、それは時には錯覚でもあり、

二人は現実の厳しさに目を覚ますことになる…。

 

 

毎日顔を合わせていれば、

恋人時代には目につかなかった、

相手の嫌な一面とも付き合わねばならない。

 

「この人、こんな隠れた顔を持っていたのか!」

 

ここでお互いが歩みより、相手を尊重しあっていければいいのだが、

 

「ここだけは許せない!」

となると、そのうち相手の全てが目につくようになってしまう。

箸の上げ下げ、食べ方までがイヤになってしまったら、黄信号から赤信号だ。

 

もう、そうなると仮面夫婦であり、

いつ離婚しても不思議でない状態である。

 

 

 

そして、

離婚届けを出せば、二人は自由の身となる。

 

日本では、簡単に離婚が成立してしまうが、果たして良いのか悪いのか…。

 

 

えっ、離婚できない?!

日本人同士のカップルなら、

離婚届けという、紙切れ一枚を市役所に提出してしまえば離婚成立だ。

 

フィリピーナとの離婚も同様なのか?

 

 

 

日本国内でなら、離婚は認められる。

離婚届けを出すだけだから。

 

 

ところが、フィリピン国内では離婚が認められていない!

 

つまり、一度結婚してしまうと、

 

例え仲が悪くなって別居し、

他の彼氏彼女と結婚したいので別れたい…

 

ということが出来ないのである。

 

 

日本国内では、離婚は出来る。

しかし、フィリピンには籍が残ったままになってしまう。

 

これは、たぶんキリスト教が関係していると思われる。

それが、あの結婚の誓い、

 

「汝は、富めるときも病めるときも…」にも表れている気がする。

 

 

それから、フィリピンでも日本と同じく、重婚は禁止である。

 

 

どうしても離婚を成立させたい!

となると、裁判所の承認が必要になる。

アナルメントと言われるものだが…。

 

これには時間とお金が必要になり、

日本人がするとなると、

費用を上乗せされて、そのくせ時間がかかる…らしい。

 

認められれば、

結婚は初めから無かったことになり、無効が証明される。

 

だが、こういったことは、

数は少ないようである。

 

 

勢いに任せただけのフィリピーナとの結婚は、

後々を考えると止めるべきだろう…。

 

 

結婚は人生を左右する一大事だから、

よく考えねばならない。

Miss na Miss kita 

 

外国語の覚え方の一つ

外国語に興味を持ち覚えたいとなると、

歌で覚えようとするのは、一つの方法だ。

 

英語を覚えるのに洋楽を聴くのと同じ様に、

タガログ語を覚える方法として、

やはりタガログソングに興味が出てきたのは、自然な流れだった…。

 

 

 

当初は、

日本のヒット曲をタガログ語でカバーしている、いわゆるJPMを聴き始めた。

 

いきなりOPMは敷居が高く感じたのと、

聞き覚えのあるメロディーのほうが、歌詞を早く覚えられると思ったからだ。

 

 

 

この方法は、

どうやら正解だったようだ。

 

歌詞を見なくても歌える曲が、何曲か出来てきた。

 

少しずつでも、

歌詞の意味を理解しながら歌えるようになってくると、やはり嬉しい。

 

 

 

…が、

 

 

JPMを歌えるようになってくると、

少し物足りなさを感じるようになってきた…。

 

そうなると、OPMにも俄然興味が湧いてくる。

 

original philippine music 、正真正銘のタガログソングだ。

 

 

YoutubeでOPMを検索し、視聴する回数が自然と増えていった。

 

 

あなたにとても逢いたい…

"Miss na Miss kita"は、

タガログ語で、

あなたにとても逢いたい…という意味。

 

 

恋人同士でよく使うフレーズだ。

 

 

 

タガログ語の愛の表現というと、

 

Mahal kita  愛してます

Gusto kita  好きです

Mahal kita mula sa puso  心から愛してる

Ikaw lamang ang mahal ko  あなただけ愛してる

Mahal kita walang iba  あなたの他に愛してる人はいない

 

 

もう恥ずかしくなるくらい、たくさんある。

 

 

 

OPMには、そんな愛の言葉がたくさん入っている。

フィリピン人は、ロマンチストなんですね。

 

 

 

日本人より愛情表現がストレートなので、初めは、

うわっ、恥ずかしい(/ω\)…

 

と思ったのだが、

慣れてしまった今は、逆にそんな直球さがフィリピンらしくていい!!

 

 

 

そう感じている。

 

サリサリストア

 

窓に鉄格子?!

初めてフィリピンに行った時、

見るものが全て珍しく、そして、

 

 

「フィリピンって、こんな所なんだ…」

 

 

と、素直に驚きを感じずにはいられなかった。

 

 

日本ではまず見れないような光景が、

常に目の前に広がっていた。

http://kawaiitsuma.com/philippine/phillippine.html

 

さて。

 

彼女の家に4日間ほど泊まったのだが、

近所の家が並ぶ一角に、窓に鉄格子の付いた建物があるのに気がついた。

広さは、四畳半も無いくらいに狭い。

 

 

興味があったので見ていると、

 

子供たちが窓に向かって何か話しかけ、

鉄格子の間からお菓子やら、日用品を受け取っていた。

 

そして窓の向こう側にいる人に、

鉄格子の間からお金を渡しているようだった。

 

 

あれは一体…?!

 

彼女に聞くと、

サリサリストアという、コンビニのようなお店だという。

 

お菓子、ジュースなどの食べ物や、

タバコ、洗剤、石鹸、食用油、塩などの日用品を扱っているという。

 

必要に応じて、小分けで売ってくれるらしい。

 

 

強盗対策のため?!

それにしても、

なぜ、お店の窓に鉄格子が?!

 

聞くところによると、

売上金を盗まれたりしないようにする、

強盗対策のためらしい。

 

 

確かに、窓に鉄格子が有れば、中に入ってこれない。

 

お金どころか、売っている商品を万引きすることも難しいだろう。

 

 

「よく考えてるなぁ…」

 

 

と、思わず感心してしまった。

 

 

このサリサリストア、住宅街にちらほらと建っていて便利である。

 

食用油を切らしてしまった時など、

必要な分量だけ売ってくれるのは、

お金の持ち合わせが無い時は、助かりそうだ。

 

 

昔の日本でも、こういった売り方があったが、フィリピンには現在も、当たり前に存在している。

 

日本人よりも、

人との繋がりを大切にするフィリピン人らしい。

 

 

「古き良き時代の日本を見るようだ…」

 

そう思う日本人も多い。

彼女のいないお店は…

 

写真の中のミキ

ミキたちがフィリピンに帰ったという現実は、なかなか信じられなかった。

 

夕方になれば、

タレント仲間のフィリピーナと楽しくお喋りしながら、

「オハヨウゴザイマ~ス」

と言ってお店に出勤してくるのではないか…

 

そんな感覚に襲われていた。

 

 

だが、それは自分の妄想であり、

ミキのいない悲しみから逃げたい気持ちだったのかもしれない…。

 

 

もう彼女はフィリピンに帰ったんだ、

そう諦めるしかなかった。

 

その日の営業終了後も、

いつものようにタレントのアパートチェックに行ったが、もぬけの殻となったミキたちが寝ていた部屋を見て、寂しさがまた込み上げてきた。

 

 

と!?

 

 

部屋から出ようとドアノブに手を伸ばすと、

一枚の写真がドアに貼ったままになっているのに気がついた。

 

 

「…ミキ!!」

 

 

それは、仲のいいタレント仲間とミキが二人で写っている写真だった!

 

主のいなくなった部屋に、このまま写真を貼っておいても可哀想だ…

そう思い写真を剥がした。

 

 

「もしかしたら、

わざと写真を残してくれたのかもしれない…」

 

そんな都合のいい、

勝手な想いを胸に抱きながらも、写真を見つめた…。

 

そして、日本へ

ミキがフィリピンに帰る前、

教えてくれた自宅の電話番号に初めて電話した時、

彼女は、こちらが誰だかわからなかったようだ。

 

 

それだけの存在だったといえば、それまでなのだが…。

 

 

フィリピンパブのスタッフとタレント。

 

ミキには好きなお客さんもいたから、

当然の反応だろう。

 

 

それでも、

何度も電話をするうちに、

以前より親密になっていくのを感じた。

 

 

 

「アコ(私、のこと)、また日本イクヨ!」

ある時、ミキは嬉しそうに言った。

 

こちらは、

彼女に会える喜びで嬉しくなったが、

 

ミキは、また日本でお金を稼げることの嬉しさだっただろう。

 

 

だが、

 

そんな事は薄々感じながらも、

また同じ県内に六ヶ月間働きに来るという、

「奇跡」

に感謝せずにはいられなかった。

 

 

 

彼女に会えるのだから、それでいい!!

 

 

そして、

 

それから程無くして、

日本に着いたミキから電話が掛かってきた…。

 

 

 

 

お姉さん ate

 

二人のお姉さん

妻は、男四人、女三人の七人兄姉の末っ子だ。

 

長男のお兄さんとは、

歳が一回りは離れているので、

かなり可愛がられた…。

 

 

では、女同士の関係はどうだったのか?

 

姉が二人いるわけだが、

 

 

長女のお姉さんは、

私より三歳くらい年上で、日本に出稼ぎ経験がある。もちろん、日本語はOKだ。

 

名前は、イメルダ。

 

ここでピンッ!ときた人はフィリピン通ですね。

そう、独裁者と言われ権力を欲しいままにした、あのマルコス大統領夫人と同じ名前。

当時は人気の名前だったらしい。

 

ロングヘアーで、世話好きなところは、いかにも長女といった感じだ。

 

 

 

次女のお姉さんは私と同い年。

ショートヘアーで活発な感じの女性。

日本の経験はないので、日本語はわからない。

名前は、ジーナ。

 

 

そして、三女である我が妻は…

 

甘えん坊でワガママな性格。

両親や兄姉に可愛がられて育った、典型的な末っ子。

 

 

こんな感じに、同じ両親の下で育っても、

姉妹というだけで見事に性格が分かれてしまう。

血の繋がりとは、不思議さも感じる。

 

イメルダ姉さんは…

長女のate(タガログ語で、お姉さん)が日本に出稼ぎに行き、家計を助けた…

 

このような話はフィリピンのあちこちにある話だ。

 

 

イメルダ姉さんが日本から帰ってくる度に、綺麗になっている。

指輪、ネックレスとかのお土産をいっぱい買ってきてくれる。

電化製品も買えるほどお金をいっぱい貰ってきた…。

 

そんな姿を子供心に見ていた妻は、

ワタシも日本に行きたい!と思ったという。

 

今から30年以上前のことだから、フィリピンパブが日本で全国的にフィバーしようという時期だ。

まさしく、

「JAPAN DREAM」を目指して、フィリピーナが大挙して日本に出稼ぎに来ていた時代だ。

 

その時に覚えた日本語は、

今もお姉さんは忘れる事なく、

そのお陰でフィリピン初訪問の時、結婚の手続きの時には助けられた。

 

 

ただ、妻に言わせると

お姉さんはウルサい、らしい。

 

世話好きであれこれ言うお姉さんが、

時にはうっとおしく感じるのだろう…。

 

 

お姉さんには、全く悪気ば無いのかもしれないが。

 

 

ジーナ姉さんとは…?!

次女ジーナとは、子供の頃はよくケンカをしたらしい。

ateジーナは確かに活発な印象、

対して妻はワガママ…取っ組み合いのケンカも頻繁にあったとか。

 

さすがに今はそんなことはないだろうが…。

 

 

フィリピンに行く度に、

ジーナ姉さんは洗濯とか家事を手伝いに、わざわざ私達の家まで来てくれる。

 

最初の頃は、

申し訳ないなぁ~と思って妻に聞いたら、

 

「お小遣いを渡してあるから大丈夫!」

 

それって…

 

 

自分が家事をしたくないから、

お姉さんをメイドにしてた訳ですか…。

 

 

 

どうりで、しっかり「仕事」をしてるわけです、ジーナ姉さん。

 

 

兄弟姉妹の上下ではなく、

妹が兄弟姉妹のなかで、一番お金を稼いでいたら、他の兄弟姉妹は妹に従う。

 

そんな関係がフィリピンでは成り立つ…

と聞いたことがあるが、どうやら事実のようだ。

 

 

*文中に登場する人物の名前は、

あくまでも本人と類似したものにしてあります

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カテゴリ:家族  [コメント:0]

執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過中。詳しいプロフィールはこちら
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