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フィリピン人は生意気?!

従姉妹

妻には歳の近い従姉妹が何人かいる。

 

 

 

そのなかの一人、アイ。

 

彼女はタレントとして、妻と一緒に、

日本の同じフィリピンパブで働いた経験を持つ。

 

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クヤシイだから…

 

まるでエイリアン

2020年時点で、

この世界には約79億人の人がいるといわれ、

 

 

男性と女性が、ほぼ同じ割合で生存している。

 

 

それぞれの地域に生まれ、成長し、

やがて結婚し、子孫を残し、

この世を去っていく。

 

 

 

 

ほとんどの人が、

生まれ育った地域(国)の人と結婚し、人生を過ごしている。

それは、ある意味では当然だろう。

 

 

 

 

しかし、

私のように国際結婚している人も、一定数いる。

 

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Hello~モシモシ?!

 

 

ある決意

好きになった女性に初めて電話するのは、相手がフィリピーナであっても、

 

「緊張とワクワク」

が入り交じるものだ。

 

 

現代ならスマホ(携帯)があるから、

番号を知っていれば、好きな人にもすぐに連絡ができる。

 

 

 

だが、

海外へ電話となるとまた違ってくる。

 

ましてや、彼女が住んでいるのはフィリピン。

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アサワ、これナニ?!

フィリピーナは…

フィリピーナはいつも陽気で明るい、

フィリピーナはユーモアがあって、

ジョークが好き、

フィリピーナは働き者、

 

 

そして…

 

 

 

 

 

そしてフィリピーナは、嫉妬深い…

 

 

 

結婚前から、そんなフィリピーナの特徴は心得ていたはずだった。

 

フィリピンパブで仕事をしていたおかげで、

フィリピーナの彼女たちの表と裏を毎日見て、全てわかったつもりでいた。

 

 

 

 

が、

 

 

本当にフィリピーナの嫉妬深さを思い知ったのは、

彼女と結婚し、一緒に住み始めてからだった。

 

一枚の写真が…

結婚して一緒に生活を始めたとはいえ、

旦那である私のことを、まだ彼女は詳しくは知らない。

 

どんな幼少期を送ったのか?

どんな学生時代だったのか?

初恋は、どんな女の子だったのか?

どんな仕事をしてきたのか?

 

 

もう、ことある毎に質問の連続。

 

 

目の前にいる、日本人の夫がどんな人生を送ってきたのか?!

興味津々のようであった。

 

 

これが逆だとしても、

 

彼女に対して、私からも質問の雨アラレで、

彼女の「これまでの生きざま」

を知ろうとするだろう…。

 

 

 

実際、

 

結婚の為にフィリピンへ行った時は、

彼女の幼少期の写真などをたくさん見せてもらったり、

彼女からも、当時のいろいろな話を聞いたりもした。

 

 

だから、

彼女から昔のことを聞かれたら、

きちんと答えていた。

 

 

が…

 

 

さすがに面倒くさく感じ、

昔の写真が収められているアルバムを見せることにした。

 

まだ3歳くらいの幼少の頃の写真から、

小学校、中学、高校…

 

そして、

社会人になってからの写真の数々が、

そこには何枚もあり、

彼女は、目を輝かせてアルバムに見入っていた。

 

 

と、一枚の写真に

彼女の視線が留まり、一言。

 

 

 

「アサワ、これナニ?!」

 

そして、破り捨てられた!!

 

それは、

 

まだ22歳頃の自分が、

当時付き合っていた彼女の肩を抱き寄せ、

二人で笑顔で収まっていた写真だった。

 

 

とっくの昔に別れた、当時の彼女。

 

それでも、

何となく写真を捨てられず、そのままにしておいてしまい、

以後、

捨てるタイミングを完全に逸してしまった、いわくつきの写真。

 

 

″ウワッ!!…

これ、完全にアウトだよなぁ?!″

 

内心、ビクついた…。

 

「昔のカノジョの写真があるのは、

まだ忘れられないだからデショ?!」

 

彼女の言葉が、まるで尋問のように感じる。

 

 

「もう、昔に別れた女の子だよ?!」

 

と言っても、全く聞く耳を持たない妻。

 

さらに、

「ホントは、まだカノジョ好きナンジャナイ?!」

 

の一言。

 

 

この場面では、

余計な言い訳は、彼女の怒りという火に油を注ぐだけだ。

ここは、潔く、自分の過ちを認めるのみ。

それ以上、一切反論しないでいたのだが…。

 

 

 

 

「もう、イカウはワタシという奥サンがいるんダカラ…」

 

と言いながら、

その写真をビリビリと音を立てて細かく破り、ゴミ箱に捨てたのだった…。

 

 

「…!!」

 

 

憐れ…

 

 

捨てられずにいた過去の思い出は、

妻によって、いとも簡単に捨て去られたのである。

 

 

フィリピーナは、ここまで嫉妬深きものなのか?!

 

そう再認識するのには、

十分すぎる出来事であった。

 

コウノトリに逃げられた?!

 

お腹イタイ…

妻の妊娠がわかり、翌年の春頃には子供が生まれる…

俺も父親になるのか!!

信じられないような不思議な感覚だった。

 

妻は、赤ちゃんの名前を、

男の子なら、ヒデキ、

女の子なら、マリア、がいい…

と考え、

まだ半年以上も先の産まれてくる日が待ち遠しいのか、毎日嬉しそうだった。

 

男の子でも女の子でも、元気で産まれてくれれば…

自分は、

ただただ、そう願うばかりだった。

 

 

そんなある日…

 

妻が突然、

「アサワ…お腹イタイ…!!」

と言い出した。

 

初めは食あたりとか、

そんな類いかと思い、

 

「へんなもの食べたんじゃないの?!」

などと軽い気持ちで答えていたのだが、

 

どうもそうではないらしい…。

 

そして、

トイレから帰ってきた妻が、

 

「アサワ…血が出た…!!」

と言うではないか!!

 

まさか…

 

イヤな予感がする…

 

翌日、

慌てて妻と二人でレディースクリニックを訪ねた。

 

相変わらず妻は、

お腹が痛いと言っていた…。

 

そして…

 

 

結局、

流産となってしまった…。

 

オペをした為、

一日だけ入院することになったが、

妻は、夜通しお腹が痛いと言い、ろくに眠れなかったようだ。

 

 

妊娠からわずか2、3ヶ月足らずで失った命を想うと、

妻も私も、涙が溢れて止まらなかった。

 

 

子供が助けてくれた?!

妊娠がわかる前、妻はかなりの過食症になっていて、

元々47㎏くらいしかなかった体重が、

半年あまりの間に、

あっという間に70㎏を超すくらいになっていて、80㎏にもなろうかというほどだった…。

 

高血圧など、

体調が良くないことが多くなっていた。

 

 

それも、

流産の原因の1つになったのかもしれないが、

 

皮肉なことに、

 

流産になって以降、妻は痩せていき、

体調も良くなっていったのは、

 

 

生まれてくるはずだった子供が、

母親を助けた…

 

そう考えるのは、

あまりにも美化しすぎかもしれない。

 

しかし、

私はそう思いたい…。

いや、

 

そう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授かり物

 

自分も父親になる?!

結婚して日本で生活を始めて3年目のある日。

 

 

「アサワ…アコ、まだ生理が来ないヨ…

もしかして、ブンテス(妊娠)カナ?!」

 

突然、妻がそんなことを言ってきた。

 

 

それまでも生理が遅かったことが何度かあったので、

「たぶん、そのうち来るんじゃない?!」

 

と軽く受け流して返事したのだが、

妻は何となく納得できないようで、また様子が少し変だ。

 

 

 

「最近、気持ち悪いときもあるし、レモンとか酸っぱいのが食べたくて仕方ナイダケド…」

 

確かに、

彼女は最近、食欲が以前より増えた気がする。

 

結婚前は体重が48㎏くらいしかなく、

お腹と背中がくっつくんじゃないか?!

そう思えるほどに痩せていたのが、

 

ここ最近は、ほっぺたもふっくらしてきて、

お腹も少し膨らみ、何となくポッチャリしてきたことは感じてはいたが、

 

 

まさか、妊娠?!

 

「まあ、もう少し待てば来るよ…」

「ソウカナ…」

 

 

その時は、彼女も渋々ながら納得したのだったが…。

 

アコ、ブンテス!!

それから何日か過ぎた日、

 

 

「アサワ、コレ見て?!」

 

そう言いながら彼女が見せたのは、薬局で売っている妊娠チェックシートだった。

 

「見て?!色が変わってるデバ…?!」

 

 

確かに、色がついている…。

「うん…確かに…」

「デバ~?!アコ、ブンテス!!」

 

もう、妻はすっかりはしゃいでいる。

 

 

次の日にチェックしても、確かに色が変わっていて、これは病院で診てもらおう…ということで、自宅から程近いレディースクリニックに行ってみることに。

 

 

 

 

初めて訪れたレディースクリニックは、

外観は清潔感があり、

待ち合い室も何となく可愛らしい感じで、

子供が遊べるスペースが設けてあった。

 

お腹の大きな妊婦さんや、

 

迎えに来た旦那さんや家族と一緒に、赤ちゃんを抱きながら退院していく若いママさんがいたり、新しい命の輝きに包まれていた。

 

 

 

名前を呼ばれ、妻と二人で先生のところへ。

 

妻は診察台がある間仕切りされた部屋へ、不安そうに入っていく。

初めてのことだけに、緊張も隠せない様子…。

 

 

しばらくして妻は出てきて、

先生から話があった。

 

 

「おめでとうございます。妊娠してます!」

 

TVドラマでよく見たりするシーンの、そんな言葉とは少し違ったが、確かに妊娠しているという。

まだ2~3ヶ月ということだが、渡されたエコー検査の写真には、それと思える影が写っていた。

 

 

「来年の3月には生まれるでしょう」

 

ついに、自分も父親になるのか?!

 

先生の言葉が信じられない気持ちだったが、妻は隣で嬉しそうにしている。

 

 

生まれてくる子供の為にも、

そして、妻の為にもしっかりしないと…

 

そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大家族がイイ?!

 

子供は5人

「日本人の配偶者等としての在留資格」

を得た妻を、

フィリピンに迎えに行ったその帰り、

つまり二人で日本に入国する日の朝に妻が大泣きしたのと同じ日、

 

マニラ空港に向かう途中か、

飛行機の中だったかの覚えがあやふやなのだが、彼女が突然、

 

 

 

「アサワコ、2人の子供、5人ね!!

アコ、子供大好きダカラ…」

 

といきなり言い出したのである!

 

 

彼女自身、7人兄弟姉の末っ子ということで、

やはり、家族は多いほうが良いということを、

幼い頃から感じていたのだろう…。

 

 

しかし、

 

 

 

 

今の日本で、子供が5人もいる家庭は珍しい。

それこそ、大家族としてTVに出られそうである。

 

「アサワ~、ワカッタ?!ハ!」

 

そう畳み掛けてくる彼女。

 

 

『子供5人もいたら、学校に通うようになったら一体どれくらいお金がかかるんだ?!』

 

 

 

そんな稼ぎが、この俺に出来るのか…。

 

 

今思えば、

この時の弱気が、その後の波乱万丈の結婚生活を招いてしまったのかもしれない。

 

 

「オォ、ワカッタよ!!」

 

そう答えたものの、仕方なしの返事だった…。

 

 

 

3年目に…

当初は、アパートで2人だけの甘い結婚生活が始まった。

いきなり自分の母親、彼女にとっては姑にあたる人との同居生活は無理だろう…と思ったからだ。

 

日本人同士でさえ、嫁姑の間は良いものではないのに、外国人となると全くどうなるのか予測不能状態。

 

 

それでも、そう遠くない場所に住む姑のところに頻繁に行ってるうちに、かなり打ち解けたらしく、

 

「お母サン、1人で住むカワイソウ。

アコ、一緒に住むヨ…」

 

自分からそう言い出し、2人だけのアパート生活は数ヵ月で終わり、

私、私の母親(姑)、彼女、の3人での生活が始まった。

 

 

 

この時、

自分は何となくまだ、アパートで2人で生活していたほうが良いのでは…?!

 

そう感じていた。

 

 

自分の独立心が、親と一緒に住むことで実家に甘えてしまうのではないか?!

そんな不安が絶対に無い!

と言い切れなかったからなのだが…。

 

 

この時の決断が、その後の結婚生活を決める、

最初のターニングポイントだったかもしれない。

 

 

 

人生に、もし…というのはないが、

この時まだアパートに留まっていれば、全く別の結婚生活になっていたに違いない。

 

 

 

そして、それから3年後のある日…

 

18年が過ぎた今…

 

二人は巡り会う運命だった?!

いわゆる″じゃぱゆき″(今はあまり使われなくなった言葉だが)として、日本にフィリピンパブ嬢の出稼ぎに来ていた一人のフィリピーナとの出会いが、二人の始まりだった。

 

出会ってからしばらくして、

なぜか彼女は私のことを、

「アサワコ~」と呼ぶようになった。

 

 

フィリピーナ特有の大きな瞳がカワイイ、

ロングヘアーの似合う彼女のことは、初めは特別な感情もなかった。

 

しかし、

毎日のように「アサワコ~♪」と彼女から呼ばれているうちに、少しずつ、彼女のことが気になりだし、気がつけば好きになっていた…。

 

 

タレントはお店との6ヶ月の契約で来日する。契約が終了しフィリピンに帰国後も、

同じく6ヶ月が過ぎないと再来日ができない。

 

 

彼女もお店との契約期間の6ヶ月が終わり、フィリピンに帰国。

もう、これで彼女に再会する可能性は、

お店からのリクエスト以外あり得ない。

 

売り上げNo.1、No.2とかのタレントでなかったから、その可能性は少ない。

 

 

もう、会うこともないのか…

 

 

そう諦めかけていた時に、同じ県内のお店に来たという、彼女からの電話。

 

 

 

運命の神は、

再び二人を引き合わせてくれた!!

 

そして半年後…

 

彼女の帰国直前にプロポーズした。

 

 

彼女の涙…

彼女は、私との結婚を決意してくれた。

 

帰国した彼女の後を追うようにフィリピンへ。

 

ご両親への挨拶を済まし、

数ヶ月後、現地で結婚手続き。

日本の役所にも書類を提出し、あとは日本人の配偶者としてのビザが許可されるのを待つだけ。

 

数ヶ月後、ビザが許可され、彼女を迎えに再びフィリピンへ。

 

 

いよいよ日本へ二人で入国する日の朝、

住み慣れたフィリピンの我が家、

ご両親、

兄弟姉妹

との別れに、彼女は大粒の涙を流し、大泣きしたのだった…。

 

その涙を見て、

彼女を大事に守っていかなければ…

そう心に誓った。

 

 

いつも一人でフィリピンを往復していたのが、

彼女と二人での日本入国。

結婚できた喜びとともに、これからの生活への期待感と少しの不安を思ったあの日…。

 

 

 

 

あれから18年が過ぎた。

 

 

決して順風満帆な結婚生活ではなかった。

 

あまりにも色々な出来事がありすぎ、

波乱万丈だったと言える。

 

 

いつしか、彼女がいるのは当たり前のようにさえ感じていた。

決して、ぞんざいな態度を彼女に対し取っていたつもりはない。

 

18年の年月は、いつしか二人の間の空気さえも変えてしまったのだろうか?!

 

 

 

今、

私の隣に彼女はいない…。

 

だが、それは巷でよく聞く離婚の為の別居とか、そんな類いではない。

 

 

ここで言うには、まだ時間がほしい。

いずれ、全てをお話し出来ると思います。

 

 

今、ハッキリと言えることは、

彼女を愛している心は、変わっていない!!

「じゃぱゆき」になった理由とは…

フィリピーナは働き者

妻と出会ったのは、

当時勤めていたフィリピンパブ。

 

フィリピンは富裕層と貧困層の格差が激しい。

国民の 1/4 は貧困である…とも言われる。

 

妻も、

「ワタシの家、ビンボーだったから、家族のオカズが魚一匹だけとか、

オカズないときは、ゴハンに塩かけて食べてたよ…」

と言っていた。

 

だが、当時としては平均的なほうだったのかもしれない。

 

 

そして、

それに追い打ちをかけるように、

フィリピンでは、仕事になかなか就けない!

 

 

仕事があっても、サラリーが安い。

 

いい歳の男たちが、仕事がないため、

昼間からタムロしてビールを飲んで笑いながら話している光景は、

 

日本人から見れば、

 

 

なんだかなぁ~

 

 

と言う感じだ。

 

 

しかも、彼らに危機感が感じられないのが、

何ともフィリピンらしいというか…。

 

楽天的、南国気質というところなのだろうか?!

 

 

フィリピン人の男がこんか感じだから、

(全てのフィリピン人の男がこんな状態でないのは、彼らの名誉の為にも強調します!!)

 

 

 

女性が仕事に出るしかない!

 

フィリピンは出稼ぎにより外貨を獲得し、発展してきた国。

 

マレーシア、シンガポール、香港などの他、

アメリカやドバイ、アフリカ…世界中に出稼ぎに出る。

 

女性なら、メイド。

男性なら現場作業などが、主なようだ。

 

 

確かに、

人懐っこくユーモアがあり、コミュニケーション能力にも長けているフィリピン人は、

 

どこに行っても順応し、上手く生活していけるようである。

 

ワタシも日本に行きたい!

フィリピーナというと、やはりフィリピンパブを連想してしまうのだが、

 

妻の一番上のお姉さんは、

タレントとして日本に何度か来た経験がある。

 

 

その為、今でも日本語が出来るので、

フィリピンに行った時は、非常に助かる。

 

 

そんなお姉さんが、

日本で仕事をしたお金をフィリピンに送り、

そのお金で段々とフィリピンの家が大きく、

そして、立派になっていった…らしい。

 

 

 

その様子を子供心に見ていた妻は、

 

 

 

ワタシも日本で仕事をして、

いっぱいお金を稼ぎたい!

 

そう思ったそうである。

 

 

勿論、

両親や兄弟、姉たちの生活を助けたい!!

 

そんな純粋な気持ちが、

日本に行く動機になっただろう。

 

 

 

が…

動機は、もうひとつ。

 

 

お姉さんが日本から帰る度に、

ネックレスや指輪などのアクセサリーをお土産に貰っていて、

 

 

 

もっとアクセサリーが欲しい!

 

 

 

そんな乙女チックな思いが、妻にとっては、

 

「じゃぱゆき」

 

になるのに十分な、

1つの理由になったらしい…。

 

 

 

 

妻はクリスチャン

日本人は奇妙な民族…

世界には、様々な宗教が信仰されている。

 

キリスト教

仏教

イスラム教

ユダヤ教

 

代表的なのはこんな感じだろう。

 

そして、

それぞれに宗派があり、実に様々だ。

 

 

日本人は、特定の宗教を信仰している人が外国に比べ、極端に少ない。

 

それでも、

初詣、お彼岸、お盆、クリスマス…

仏教、キリスト教、または神道をうまく融合させて、生活に溶け込んでいる。

 

 

こんな国は日本くらいだろう。

 

世界から見れば、

実に奇妙な民族かもしれない…。

 

アジアで唯一

そんな日本と比べ、フィリピンは国民のほとんどがキリスト教を信仰している。

 

 

アジアの島国が何故?

 

これは、フィリピンの悲しい歴史に起因している。

16世紀、マゼランによる世界一周が成功するが、その途中で、セブ島が発見されている。

 

北米にも進出していたスペインにとって、

セブ島は中継地点として重要な位置。

その為、本格的にフィリピンの植民地化に乗り出す。

 

そして、フィリピンはキリスト教を強制させられた…。

 

また、

フィリピンという国名も、

当時のスペイン皇族の名前から名付けられたものだ。

 

 

 

学生時代、

誰もが歴史の授業で習ったことがある、

マゼランの世界一周。

 

コロンブスと共に、

英雄的な扱いで教えられた記憶があるが、

 

当時の西欧による、

世界の植民地化、奴隷化の為の一環に過ぎないのである。

 

 

 

スペインによる植民地化という、苦難な道を歩んできた歴史。

 

陽気で優しいフィリピンの人たちを見ると、

そんな過去が、にわかには信じられない気がしてならないのである…。

 

妻はクリスチャン…

そんなフィリピン生まれの妻は、

もちろんキリスト教を信仰している。

 

いわゆる、クリスチャンだ。

 

日本に住んでいる他のフィリピーナと、

その点は同じだと思う。

 

 

 

が、一つだけ違うのは…

 

 

毎週のように教会へは礼拝に行かない…

ということだろうか。

 

 

フィリピーナというと、

毎週日曜日は教会へ礼拝に出かける…

そんなイメージがある。

 

 

妻も、フィリピンに住んでいた時は、毎週教会へ出かけていたという。

 

日本に住むようになり、

近くに教会が無かったというのもある。

しかし、

どうも妻は、フィリピン人同士の集まりが、

あまり好きではないようだ…。

 

 

「何で他のフィリピン人と仲良くしないの?

友達になればいいのに…」

 

以前、そんなことを妻に聞いてみたら、

 

「他のフィリピン人、ナマイキだから…」

という答えが…。

 

 

 

彼女にとって、

他のフィリピーナの態度は、

何か許せないことがあるのだろう。

 

 

 

信仰は、いつもの心の有り様だ。

教会へ出かけなくても、お祈りは出来る。

 

 

だから、キリストを信じる妻は、

紛れもなくクリスチャンだ。

執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過したが…詳しいプロフィールはこちら
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