ノラ!!

我が家の庭先に…

結婚して1年が過ぎた頃、

我が家の庭先に野良猫が住み着いた。

 

白黒模様の、メス猫だった。

 

 

そんなある秋の日、

 

食べ物を食べていないとみえ、

すっかり弱って動けなくなってしまった。

 

 

「アサワ、

プサ(タガログ語で猫)、カワイソウ…。

アコ、食べ物アゲルイイデショ?!」

と妻。

 

猫は嫌いじゃないが、

一度に何匹も産むので、アッという間に増えてしまう。

 

 

猫屋敷にでもなったら大変だ…

 

そう思い、

 

心を鬼にして、

「ダメ!!」と妻には一言。

 

 

 

が、しかし。

 

私には内緒で、

妻は猫に食べ物を少しずつ、与えていた…。

 

 

 

その結果…

 

 

翌年の春、

 

可愛らしい赤ちゃん猫を、

5匹も産んだのだった。

 

賑やかな猫屋敷?!

初めは母猫の後ろに隠れ、

おっかなびっくりで、

こちらを伺っていた赤ちゃんネコだったが、

 

動き回れるまでになり、

徐々に慣れてくると、

 

食べ物をあげれば、

私たちの目の前で、

喜んで食べるようになった。

 

 

 

子猫たちは、

ミャーミャーと可愛らしい声で鳴き、

 

我が家の庭先は、

俄然にぎやかになった。

 

 

 

とは言え、

子ネコが全て大人になる訳でなく、

 

 

生命力が弱く、

途中で亡くなってしまったり、

 

いつの間にかいなくなったりで、

 

 

1~2匹残ればいいほうだ。

 

 

しかし、

 

残ったうちのメス猫が、

必ず翌年には妊娠、

5匹くらいは赤ちゃん猫を出産した。

 

 

 

そんな感じで、

 

最初に我が家の庭先に住み着いた、

白黒の猫から始まり、

 

 

数年間は、

我が家の庭先から、

 

猫の鳴き声が絶えることがなかった。

 

 

 

 

そんな、

ネコハウスともいえる我が家に、

 

 

仔犬がやって来ることになった…

 


Anak!!!

 

 

フィリピン人は、凄い…!!

さて…

 

世の中には様々な分野で、他人より能力が抜きん出ていて、その実力をいかんなく発揮する人がいる。

 

いや、

能力は平凡でも、努力でその分野のトップになる…と言ったほうがいいかもしれない。

 

外国語を現地の人のように、流暢に話すなどは、その典型かもしれない。

 

 

 

日本人は、

中学、高校と6年間も英語を勉強するのに、

英語が喋れない…

これは、今や世界では、よく知られているらしい。

 

 

そんな日本人の中にも、

英語をネイティブ並みに流暢に話せる人は、

一定数は存在する。

 

しかも、

海外留学することもなく、独学で英語を身に付けた、

そんな強者の日本人もいる。

 

 

 

 

一方、フィリピン人はというと…

 

 

母国語のタガログ語、

第2言語とも言える英語を話し、

 

さらに、

日本人の旦那さんと結婚して、日本に暮らしているフィリピーナは、日本語も話せる…。

 

いやはや、

フィリピン人の、言語習得能力の高さには、全く驚かされる。

 

 

そんなフィリピン女性と国際結婚した私は、

すっかりフィリピンの魅力の虜になり、

タガログ語にも興味があるが、

 

中でも、

OPMと呼ばれる、タガログソングに非常に興味がそそられるのである。

 

 

哀愁漂うメロディ…?!

初めて聴いたタガログソング(OPM)が、

そんな哀愁を帯びた曲だったのかもしれない…

 

どの曲を一番最初に聴いたのかは、はっきり覚えてはいない。

 

が、Anak という曲が、

私が小学校だった頃に、

加藤登紀子や杉田二郎などが、日本語でカバーして歌っていたと記憶している。

おそらく、

私が最も遠い昔に、初めて聴いたフィリピンの曲に違いない。

 

anakとは、息子という意味である。

 

 

息子を思う両親の気持ちを歌い上げた曲だが、

メロディも歌詞も、

何とも物悲しいのである…。

私が知る限り、

最も物悲しい、涙を誘うOPMだろう。

 

 

 

日本語訳の歌詞にすると、さらに悲しみが増してくる。

 

 

生まれた時は皆から祝福され、

お前の為に、母さんはミルクを嬉しそうに準備したものだ…

 

あんなに可愛かったお前は、

思春期になると、親に反抗し、

自由になりたい!!と言い出し、

私たちを困らせた…

 

 

そして、

お前は家を出ていき、

今はどこで何をしているのか?!

 

私も母さんも、とても心配している…

 

 

 

 

ざっくり言うと、こんな感じになるのだが…

 

 

涙なしでは、聴くことが出来ない曲です。

 

アサワ マハル

 

年増?!のフィリピーナと…

20代後半の頃、

以前から興味のあった水商売の世界に、勇気を出して足を踏み入れた。

 

キャバ嬢やホストなどに代表されるように、華やかなイメージがある一方で、

 

 

 

その筋の方々との付き合いや、

様々なトラフルなど、ダークな面と背中合わせな世界だ。

 

 

水商売に入った最初のお店のオーナーもそんな感じであり、

 

 

 

″やはり、この世界は危険が一杯だ…″

 

そう思ったものである。

 

 

 

だが、

 

 

そのオーナーのお店で働いていた、

年増のフィリピーナと出会った事が、私をフィリピンの魅力の虜にさせることになろうとは…。

 

 

そう、

 

そのお店を辞め、同じ市内にあるフィリピンパブで働き出したのである。

 

 

ピン中の世界へようこそ!!

二十歳の時、

先輩に連れられ初めて入ったフィリピンパブ。 

 

 

 

ファーストタイムの女の子が付き、日本語がほとんど通じなかった為、

 

 

全然面白くない!!

 

 

フィリピンパブはつまらん!

 

 

と、それ以降近付くこともなかった。

 

フィリピンそのものにも、良いイメージが持てなかった…

 

 

そう、好きでなかった…

 

 

 

そんなはずだったのが…

 

 

 

 

 

あまりにも陽気なフィリピーナの存在が、

 

フィリピン嫌いだったはずの私を、

フィリピン好きに変えてしまったのである!

 

 

アコ、イカウ、などの簡単なタガログ語を、お店のタレントの女の子との会話にも使うようになり、

 

 

 

そして、

 

タガログソングのカセットテープやCDを聴くようになったり、

 

お店の近くにある、

フィリピンレストランへも行ったり、

 

 

 

 

すっかりピン中の仲間入り…

 

 

 

この世界にハマったら最後、

 

脱け出すのは不可能に近い…だろう。

 

 

 

夢はフィリピン移住!

働いていたフィリピンパブで知り合ったフィリピーナを好きになり、

 

 

望んでいた彼女との結婚も出来た。

 

 

 

二人で何度もフィリピンへ帰り、

その度に、楽しい思い出がたくさん。

 

 

 

タガログ語の上達はイマイチだが、

カラオケでのタガログソングのレパートリーは増えていった。

 

 

 

 

 

 

将来は、妻と二人でフィリピンに住みたい!!

 

 

 

 

フィリピーナと結婚した日本人男性なら、

誰もが一度はそう思うはず。

 

 

さようならフィリピン?!

 

最近は、

フィリピンに行く日本人が多くなった。

 

 

 

フィリピンへの英語留学がブームになっているのがあるだろう。

 

セブをはじめとした、

フィリピンの島々へ芸能人が行く様子がTVで放送されたり、

 

 

 

 

Twitter、Facebookなどでも、

フィリピンの観光地や食べ物の話で賑わっている。

 

 

 

 

 

それはそれでいいのだろうが、

 

 

 

 

 

「何か、オレの求めているフィリピンとは違うんだよねぇ…」

 

 

というのが、

 

最近の日本人のフィリピンブームに対する、

ワタシの正直な心情である。

 

 

 

 

 

 

妻と二人で、仲良くフィリピンで暮らせるだけで幸せ…

 

 

 

そんな気持ちなので、

 

 

 

もし、

 

 

 

 

もし妻と死に別れることがあったり、

 

妻と完全に縁が切れたりしたら…

 

 

 

 

 

私にとっては、

フィリピンは何の意味もない。

 

 

 

興味を無くすかもしれない。

 

 

 

 

私にとってのフィリピンとは、

好きで結婚した妻そのものであり、

 

 

 

妻の存在そのものが、私にとってフィリピンの全てであるから…。

 

 

 

アサワ、これナニ?!

フィリピーナは…

フィリピーナはいつも陽気で明るい、

フィリピーナはユーモアがあって、

ジョークが好き、

フィリピーナは働き者、

 

 

そして…

 

 

 

 

 

そしてフィリピーナは、嫉妬深い…

 

 

 

結婚前から、そんなフィリピーナの特徴は心得ていたはずだった。

 

フィリピンパブで仕事をしていたおかげで、

フィリピーナの彼女たちの表と裏を毎日見て、全てわかったつもりでいた。

 

 

 

 

が、

 

 

本当にフィリピーナの嫉妬深さを思い知ったのは、

彼女と結婚し、一緒に住み始めてからだった。

 

一枚の写真が…

結婚して一緒に生活を始めたとはいえ、

旦那である私のことを、まだ彼女は詳しくは知らない。

 

どんな幼少期を送ったのか?

どんな学生時代だったのか?

初恋は、どんな女の子だったのか?

どんな仕事をしてきたのか?

 

 

もう、ことある毎に質問の連続。

 

 

目の前にいる、日本人の夫がどんな人生を送ってきたのか?!

興味津々のようであった。

 

 

これが逆だとしても、

 

彼女に対して、私からも質問の雨アラレで、

彼女の「これまでの生きざま」

を知ろうとするだろう…。

 

 

 

実際、

 

結婚の為にフィリピンへ行った時は、

彼女の幼少期の写真などをたくさん見せてもらったり、

彼女からも、当時のいろいろな話を聞いたりもした。

 

 

だから、

彼女から昔のことを聞かれたら、

きちんと答えていた。

 

 

が…

 

 

さすがに面倒くさく感じ、

昔の写真が収められているアルバムを見せることにした。

 

まだ3歳くらいの幼少の頃の写真から、

小学校、中学、高校…

 

そして、

社会人になってからの写真の数々が、

そこには何枚もあり、

彼女は、目を輝かせてアルバムに見入っていた。

 

 

と、一枚の写真に

彼女の視線が留まり、一言。

 

 

 

「アサワ、これナニ?!」

 

そして、破り捨てられた!!

 

それは、

 

まだ22歳頃の自分が、

当時付き合っていた彼女の肩を抱き寄せ、

二人で笑顔で収まっていた写真だった。

 

 

とっくの昔に別れた、当時の彼女。

 

それでも、

何となく写真を捨てられず、そのままにしておいてしまい、

以後、

捨てるタイミングを完全に逸してしまった、いわくつきの写真。

 

 

″ウワッ!!…

これ、完全にアウトだよなぁ?!″

 

内心、ビクついた…。

 

「昔のカノジョの写真があるのは、

まだ忘れられないだからデショ?!」

 

彼女の言葉が、まるで尋問のように感じる。

 

 

「もう、昔に別れた女の子だよ?!」

 

と言っても、全く聞く耳を持たない妻。

 

さらに、

「ホントは、まだカノジョ好きナンジャナイ?!」

 

の一言。

 

 

この場面では、

余計な言い訳は、彼女の怒りという火に油を注ぐだけだ。

ここは、潔く、自分の過ちを認めるのみ。

それ以上、一切反論しないでいたのだが…。

 

 

 

 

「もう、イカウはワタシという奥サンがいるんダカラ…」

 

と言いながら、

その写真をビリビリと音を立てて細かく破り、ゴミ箱に捨てたのだった…。

 

 

「…!!」

 

 

憐れ…

 

 

捨てられずにいた過去の思い出は、

妻によって、いとも簡単に捨て去られたのである。

 

 

フィリピーナは、ここまで嫉妬深きものなのか?!

 

そう再認識するのには、

十分すぎる出来事であった。

 

白いウエディングドレス

結婚式

動画は、

フィリピンで Singing Police woman として一躍有名になった、

Jackyさんの結婚式の様子 。

 

 

 

世の女性ならば、結婚式の白いウエディングドレスに憧れると思う。

 

「ワタシ、大きくなったらお嫁さんになるの!」

 

TVなどで、幼稚園の小さい女の子が将来の夢を聞かれ、

こんな言葉を口にしているのを、皆さんも見たことがあるだろうが、

 

 

”お嫁さん”

というのは、女の子にとっては永遠の夢なのだろう。

 

”白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる…”

というのも、これに近いだろう。

 

シンデレラなども、そうかもしれない。

 

 

そして、

男にとっては、それほど結婚式に固執しない向きもあるが、

女性にしてみれば、

裾の長い純白のウエディングドレスを着て、

バージンロードを歩くことは、小さい頃からの憧れなのかもしれない…。

 

 

誰が言ったか忘れたが、

 

人間が主役になるのは、

 

生まれた時、

結婚式、

そして葬式の時。

 

らしい…。

 

生まれた時のことは覚えてないし、

死んだ時のことは、全く想像もつかない。

 

 

人生のうちで一番美しい時に、皆から結婚を祝福されたい!

 

その気持ちは、十分にわかる。

 

 

全ての女性は、ロマンチストなのである。

 

夢見るフィリピーナ

私は国際結婚をしているが、

フィリピンで盛大な結婚式を挙げたわけではない。

 

一応はフィリピンの正装である、バロンタガログを着用し、

妻は、白いドレス(ウエディングドレスではない)を着て、

簡単な式をしただけである。

 

 

「国際結婚だから、派手な式を挙げたんでしょう?」

 

などと聞かれたりするが、

どうも国際結婚というのは、派手なイメージが先行しがちなようである。

 

 

 

さて…。

 

 

結婚当時は何も言わなかった妻だが、

最近になり時々、

 

「アサワコ、

アコ、フィリピンでウエディングドレスを着て、

結婚式をしたい!」

 

とか、

 

「親戚、トモダチ呼んで、結婚パーティーもしたい…」

などと言うようになった。

 

 

”やっぱり、

ウエディングドレスを着て結婚式を挙げたいんだな…”

 

口には出さなくとも、

いろいろ我慢してきたのはわかっていたつもりだった。

 

 

彼女も、

心の中は、夢見る乙女なのである。

 

18年も離れずに付いてきてくれた彼女の願い、

叶えてあげたいが、果たしていつになるやら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過中。詳しいプロフィールはこちら
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