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これって…ナニ?!

 

 

面白い乗り物?!

フィリピンに行くと、日本との違いに驚かされる。

気候、習慣、風景、食べ物などなど。

 

『治安の悪い発展途上国』

 

多くの日本人にフィリピンはそのように認識されている。

もちろん、それは事実でもある。

 

だが、高層ビルの立ち並ぶ首都マニラの街並みは、

とても発展途上国とは思えない。

 

 

 

そして、

朝夕の交通渋滞は日本と変わらないか、

もしかしたら、それ以上の酷さだ。

 

平気でクラクションを鳴らしまくり、

我先にと隙間を縫うようにして走る車、バイク。

 

 

昔は日本の中古車が多かったが、

今では綺麗な車が当たり前になった。

"庶民の足"ともいえるジプニーは、

大音量で音楽を流しながら、ご機嫌に走っている。

 

 

南国特有の熱気と、何とも言えない喧騒―

とにかく活気に満ちている。

 

 

そんな中を、

ジプニーと同じくフィリピンらしい乗り物が走っている。

 

 

それが、"トライシケル"だ。

 

 

フィリピン版サイドカー…?!

 

トライシケルとは、簡単に言ってしまえばサイドカーだ。

 

自分が子供の頃はまだ走っていたが、

最近の日本では、めっきり見かけなくなった。

 

 

バイクの横に、人が乗る座席が付いている乗り物だ。

 

 

ジプニーが乗り合いバスとすれば、

トライシケルはタクシーだ。

 

近所へのちょっとした外出や買い物などで、気軽に乗れる。

 

 

それだけに、フィリピンのどこに行っても走っている。

 

 

一家に一台…

 

 

というわけではないだろうが、

かなりの割合で所有している家が多い。

 

トライシケルドライバーとして、すぐに仕事ができる…

というのもあるかもしれない。

 

 

 

初渡比で、幸運なことに?私はこのトライシケルに乗ったが、

お世辞にも、

 

 

 

乗り心地は良くない!!

 

 

だが、

座席周りがドアや窓ガラスで密閉されているわけではないので、

南国の風を体に感じることができる。

 

 

そして…何とも気持ちいい!!

 

 

 

不思議なもので、トライシケルに乗る度に、

「乗り心地の悪さでさえ、愛おしくなってくる」。

 

 

これがフィリピンなんだよ…

 

そう感じるのである。

 

 

 

こんなところも、フィリピンの魅力の一つだろう。

 

南方の人…

 

次はフィリピンで?!

昔、日本人はフィリピンはじめ東南アジアのことを、

「南方」

と呼んでいた。

 

私にも、そんな南方に関するこんなことがあった。

 

 

‥‥

 

 

彼女と結婚の約束を取りつける段階まで、

たどり着くことができた頃のことだ。

 

 

 

「フィリピンでイカウのこと、待ってるよ!!」

 

そう言い残して、

年末の慌ただしい時に、彼女は両親や兄姉の待つフィリピンに帰っていった。

 

 

 

以前、彼女が同じ県内の違うお店を契約満了で帰国した時は、

 

「もう会えないかもしれない…」

 

そんな悲しさがあったが、今回は違う。

 

 

 

 

オレは、彼女と結婚するんだ!!

 

 

彼女の人生を背負っていくんだ‥

 

嬉しさとともに、責任感に思わず拳をグッと握りしめる。

 

 

ともあれ、

年が明けた1月下旬にフィリピンに渡航すると決め、

準備に入った。

 

シャツ1枚にバナナ…

久し振りの海外渡航。

 

本屋でフィリピンに関するガイドブックを買い求め、

マニラ空港で無事に入国審査を通過できるように、

何回も目を通した。

 

フィリピンの成り立ち、気候、国民性などなど、

大体わかっているつもりだったが、

改めてそれらも読んだ。

 

 

 

 

フィリピンはルソン、ビサヤ、ミンダナオ地域に大きく分けられる。

 

日本で例えるなら、

首都マニラがあるルソンは関東、

セブのあるビサヤは関西、

ミンダナオは九州‥

 

といったところだろうか。

あくまでも私の主観だが…

 

 

 

彼女の住む「リザール州」はマニラ首都圏の隣に位置している。

だから、マニラ空港から約2時間もあれば彼女の実家に着く。

 

 

今ならインターネットで地図が見られるから、

すぐにそうわかる。

 

 

だが、1990年代後半はスマホなんかない。

もちろんネットもまだ一般には普及していない。

 

 

なにしろ情報が少ない。

 

 

また、

私の両親は子供時代に戦争体験があったので、

小学生ぐらいから、戦時中の話をよく聞かされた。

 

そんな時に出てくるフィリピンは、

「南方の国」であり、

現地の人はシャツ1枚で一年中過ごし、

お腹が減ったらバナナばかり食べている…

 

という類のものだった。

 

顔にペイントしてダンス?!

またガイドブックには、

 

"フィリピンにも少数民族と呼ばれる人たちがいて、

ルソン、ミンダナオの山岳地帯に暮らしている…"

 

 

というような記述もあった。

 

 

そして、

何かのお祭りだろうか…

 

顔を真っ白にペイントした男たちが、

いくつもの角が出たような被り物を頭にかぶり、

派手な衣装をまとって踊っている様子が、

写真で紹介されている。

 

 

 

これは何かの奇祭か‥?!

 

 

 

彼女の住む地域も、

このような怪しげな祭りをする辺境の地なのだろうか‥‥

 

 

いつかTVで見た、

どこかの原住民が肩を組んで輪になり、奇声をあげている祭りのシーンがよみがえる。

 

 

 

まさか、未開の地じゃあるまいし…

 

 

 

今になれば笑い話だが、

あの時は本気でそんな心配をしていた。

発展途上国という言葉から、

そんな勝手なイメージを抱いていたのだ。

 

 

 

まったく、

私は典型的な日本人のようだ。

パッキャオ~!!

 

フィリピンの英雄

日本人にあまり知られていないが、

フィリピンは、バスケットボールの人気が高い。

 

プロチームがあり、

試合がTV放送され、多くの人が熱狂している。

 

街のあちこちにバスケットボールのコ-トがあり、

大人から子供まで、ボールを追いかけている姿が見られる。

 

 

 

しかし、

そんな国民的スポーツともいうべきバスケ同様、

 

いや…

それ以上と言っていいくらいに、フィリピンの人々が熱狂するものがある。

 

 

それが、

マニー・パッキャオ…

 

 

 

フィリピンが生んだ、世界に誇る英雄だ。

 

ストリートファイター

ボクシング6階級制覇を成し遂げた男として、

今や「伝説」でもあり、

ボクシングファンの間でも人気があるパッキャオ。

 

 

 

日本でもかつては、

"ハングリースポーツ"ともいわれたボクシング。

 

「あしたのジョ―」のように、

不良でどうしようもなかった若者がボクシングに出会い、

 

富と名誉を手にするため、

成り上がるために、

ストイックにボクシングに打ち込む。

 

 

そして、ついに栄光を手にする‥

 

 

現代の日本人ボクサーは、

アマチュアからボクシングをしてきている選手が多いから、技術的には上手い。

半面、

生活は満たされているから、ハングリー精神が無くなった。

試合が面白くない…という声も耳にする。

 

「拳闘」でなく、スポーツになったのかもしれない。

 

 

 

 

 

だが、

 

フィリピンでは今でも、

貧しさから脱け出す手段として、ボクシングが存在している。

 

ストリートボクシングという名の賭け試合が行われ、

貧困層の少年たちがリングに上がる。

そして、勝った者はお金を手にすることができる。

 

 

 

すべては、貧しさから脱け出すため。

 

 

パッキャオも、かつてはそんな少年だったのだ…

 

 

栄光は色あせない…

そんなパッキャオが、

42歳にしてWBA世界ウエルター級タイトルマッチに臨んだ。

 

一度は引退しながらも、リングに復帰。

 

今回2021年8月22日、2年ぶりに試合を戦った。

 

 

結果は、残念ながら判定負け。

 

 

だが、

この敗戦で彼のこれまでの偉業が否定される…というわけではない。

 

42歳でリングに上がった気力、体力、精神力に、

賞賛の拍手を私は贈りたい。

 

 

 

 

『私はファイター。

だから、諦めない』

 

かつて、そんなことを言っていたパッキャオ。

 

貧しさから脱け出し、

世界チャンピオンにまでなった彼の言葉だからこそ、

説得力がある。

 

 

 

フィリピンと縁を持てたことで、

彼のことを身近に感じ、

そして応援できたことが、

素直に嬉しい。

 

 

私も、まだまだ人生諦めないよ…

ファイターになる。

 

 

ありがとう…My hero!!

 

 

 

オレンジ色のTシャツは…?!

ウーカイウーカイ

フィリピンに初めて行った21年前、

見るもの聞くもの、

それこそ何もかもが珍しく感じ、

 

マニラ空港から彼女(今の妻)の家に行くまでの、

車中から見える景色でさえも、

 

一つたりとも見逃すまい…

そんな感じだった。

 

 

彼女の家に着いてからも、

お洒落な感じの窓や、

天井に取り付けてある大きな羽根が、

まるで空気を攪拌するように、ゆっくり回っている様子に南国を感じ、

 

 

「本当にフィリピンに来たんだ!」

 

そんな感動が溢れてきた。

 

 

彼女のお母さんが作ってくれたフィリピン料理も、

私の口には合い、美味しく頂いた。

 

 

 

そんなフィリピン訪問だったが、

 

よく晴れた日の昼過ぎ、

「アサワコ、今からウーカイウーカイにいくよ」

と、彼女の一言。

 

 

ウーカイウーカイ?!

 

その何とも楽しそうな響きに誘われるように、

何のことかよくわからないまま、

彼女と、彼女のお姉さんと私の三人で、

 

ウーカイウーカイとやらに、出かけることになった。

 

何てことはない…

彼女の家のある通りを5分も歩かないうちに、

その、"ウーカイウーカイ" とやらに着いた。

 

 

「アサワ、着いたよ!」

 

そこは、

店先にジーンズがいくつも並べられていたり、

赤、青、黄色といった派手な色のTシャツがハンガーにかけられ、

天井から吊るされている。

 

6畳あるかないかという広さで、

私たち3人が入ると、

もう店内は身動きが取れない。

 

 

洋服屋さんかぁ~

 

 

だが、

ジーンズやTシャツは、どことなく『くたびれた』ようにも見える。

 

 

 

そう…

 

ウーカイウーカイとは、

いわゆる『古着屋さん』のことだった。

 

 

フィリピンでは住宅街に、

"サリサリストア"

と呼ばれる、日用品を売っている個人経営の小さなお店がアチコチにあるが、

 

ここのウーカイウーカイも、そんな感じだ。

 

 

そのためか、Tシャツのデザインも、

何となくイケてないものが多い。

 

 

「パゲ~ット…」(ダサ~い)

 

思わず、そんな声がお姉さんからも聞こえる。

 

 

それでも、何枚か気に入ったデザインのTシャツがあったので、

私はそれを買った。

 

 

好きな色だけど?!

ちなみに…

パレンケ(市場)には、ウーカイウーカイがいくつもあり、

お店によって商品のグレードが違い、

 

値段の高いお店には、やはりデザインも質も良い古着が多い。

 

 

見ているだけでも楽しい…

そんなウーカイウーカイ。

 

いや、見ていれば買いたくなるウーカイウーカイ…。

 

 

 

ただ、

オレンジ色のTシャツなどは、

フィリピン人は滅多に着ないらしい。

 

それは、

 

囚人服がオレンジ色だから…

 

 

なるほど~

と納得した私だった。

 

 

それが、

昨年のフィリピン訪問では、色とデザインが気に入り、

オレンジ色のTシャツを買ってしまったのである。

 

 

日本でしか着れないが、仕方ないですね。

 

サンパギータの花

 

ロジータの伝説

フィリピンの花というと、「サンパギータ」が有名ですが、
これはジャスミンの一種で、

良い香りがして、可憐な白い花がとても綺麗です。

 

 

マニラ空港を出ると、
サンパギータの花を繋ぎ合わせた首飾りを売っている子供の姿を、
よく見かけたりします。

 

 

 

そんなフィリピンを代表する花ともいえるサンパギータに、
悲しい伝説があることをご存知でしょうか?

 

 


まだスペイン人がフィリピンにやって来る前、
マニラ近郊に、バリンタワクとガガランギンという二つの集落があったそうです。

 

バリンタワクの領主には、ロジータという美しい娘がいて、

多くの若者が言い寄ってきましたが、
誰一人として、ロジータを振り向かせることができませんでした。

 

 

そんなロジータの心を射止めたのは、
ガガランギンの領主の息子である、デルフィンだったのです。

 

二つの集落は隣同士ながら、敵対関係にあり、

二人の親である領主も敵対しています。

 

 

しかし、誰もロジータとデルフィンの愛を止められません。

 

満月の夜に、

二人は集落を隔てている長く続く竹柵の一番端で、

密かに会っていました。

 

 

そんなある日、
バリンタワクの兵士が竹柵を壊してしまったことに端を発し、
ガガランギンとの間に領土紛争の危機が訪れます。

 

両軍がいよいよ戦端を開こうかという寸前、

 

 

ガガランギンの領主が病に倒れ危篤となり、
息子であるデルフィンが、戦の指揮を執ることになりました。

 

 

デルフィンには、戦闘の経験がありません。
そんな彼が戦場に出たら…

 

 

このことを知ったロジータは、
何とか戦いを止めさせようと使者を送ろうとしますが、

その前に戦いが始まってしまいました…。

 

 

 

激しい戦闘が何日も続き、
デルフィンも深い傷を負い、意識が薄れていきます。

 

 

「私が死んだら、ロジータと会っていた場所に埋めてほしい」

そう言い残し、彼は息を引き取ります。

 

 

 

そして、それを知ったロジータも、
失意のうちに病に倒れます。

 

何人もの医者が呼ばれましたが、

恋人デルフィンを失い、

悲しみに打ちひしがれたロジータを救うことはできず、

 

「私が死んだら、竹柵の外れに眠るデルフィンの横に埋めてほしい」
父にそう伝え、彼女は亡くなりました。

 

 

Sumpa kita!

それから長い年月が経ち、二つの集落も無くなり、

人々の記憶からも消えていきました。

 

 

そしてスペイン人がやって来てマニラの街を作り、
ガガランギンとバリンタワクのあった場所にも、人が住むようになりました。

 

 

しばらくすると、
二つの集落のあった場所に住むようになった人々から、

奇妙な噂が伝わるようになったのです。

 

 

 

毎年五月の満月の夜になると、若い女性の
「Sumpa kita!Sumpa kita!」(私は誓います!私は誓います!)
という可憐な声が聞こえてくる、と…。

 

しかし、声のする場所には白い花が咲いているだけ。

 

 

 

不思議に思った人々が、恐る恐るそこを掘り返してみると、

 

寄り添うようにして埋められた二つの亡骸が現れ、
白い花の根の先が、
二つの亡骸の口まで繋がっていたという。

 

 

 

それを見た長老が思い出したのです…

 

かつてこの地で、

デルフィンとロジータの悲しい愛の物語があったことを。

 

 

 

 

この話は瞬く間にフィリピン中に伝わり、

ロジータが白い花を通してデルフィンに伝えた
「Sumpa kita」という言葉は、

二人の永遠の愛を象徴する白い花の名前となったのです。

 

 

『Sumpagita (永遠の愛を誓う)』

 

 

 

 

この話を聴いた時、
私は涙が出てしまいました。

それと同時に、
サンパギータの花にまつわる伝説を今も大切にするフィリピンのことが、

今まで以上に好きになりました。

 

 

 

フィリピン人は、ロマンチストですね。

 

 

 

 

※なお、今回のこのお話は、
佐賀唯一のタイ式整体屋さんのブログから引用させて頂きました。
ありがとうございます

 

カオスなフィリピン?!

ここは一体…?!

フィリピンパブのスタッフをしていた、

20代後半の時、

 

タレントとして働きに来ていた、

フィリピーナの彼女を好きになり、

 

結婚する為に、

1999年に初めてフィリピンを訪問。

 

危うく、

フィリピンに入国できない?!

 

そんなトラブルもあった、

 

記念すべき初訪問のフィリピンだったが、

 

マニラ空港の外に出た時の、

 

もわっ!とした熱風、

じっとしていても、

汗が吹き出てくる熱気、

そして、

喉の渇きを覚えるくらいの、

 

強い陽射し…。

 

 

しかし…

 

それは序章に過ぎず、

 

 

空港の外に鈴なりになっていた、

 

出迎えに来ている、

フィリピンの人たちを目の前にした時─

 

 

ここは一体?!

 

 

まるで、

 

異次元に来てしまったのか?!

 

 

一瞬、

 

そう錯覚するほどの衝撃だった。

 

 

こちらを見て、

思い思いに何か叫んでいるが、

タガログ語の為、

何を言っているのかわからない。

 

そして、

近くを通る車の、

けたたましいクラクション。

 

それらを誘導する警備員の笛の音と、

車のエンジン音。

 

排気ガスの、むせるような匂い。

 

 

それらが入り交じり、

何事かと思うような喧騒に、

辺りは包まれていた。

 

無事に彼女と再会を果たし、

彼女の実家に向かったが、

 

マニラ市街地の渋滞は、

聞いていた以上だった。

 

 

日本では、

秩序ある道路交通が成立しているが、

 

前の車とぶつかるくらいの車間距離、

渋滞でも少しの隙間があれば、

クラクションを鳴らしながら、

我先にと割り込むのは当たり前、

 

それをジグザグに繰り返しながら、

前に進んでいく。

 

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迷信を信じる人達

 

Ikawは外国人ダカラ…?!

フィリピンという国は、私にとっては何もかもが魅力的に映る。

 

 

南国の眩しい太陽、ビーチのヤシの木、

長い黒髪の可愛いらしいフィリピーナの笑顔、

 

口髭を蓄えたトライシケルのドライバー、

 

ジプニーの乗降口の手すりに掴まりながら、立ったまま乗っている少年…

 

パレンケに集まる様々な人々…

 

 

 

一日中見ているだけでも飽きないのだが、

フィリピンに来たからには、フィリピンの色に染まりたい!!

 

常々そう思っていたが、

思わぬ形で、フィリピンの新たな一面を体験することになるとは…。

 

 

 

 

妻と結婚して2年目くらいの、フィリピン渡航時の出来事だったと記憶している。

 

 

妻と二人でのフィリピンへの帰国。

 

宿泊はもちろん、彼女の実家。

その実家から歩いて10分くらいの場所に、彼女のお母さんが野菜を作っている、小さな畑があった。

10坪あるかないかの広さだろうか。

 

オクラ、ミニトマト、モロヘイヤみたいな葉物野菜を作っていたように思う。

のとかな家庭菜園といった感じだ。

 

 

他にも、

妻のお兄さん、お姉さんの子供たちと一緒に近所にある小学校を見に行ったり、

 

皆でパレンケに行ったりと、

日本人の私が退屈しないようにと、

いろいろ気を遣ってもらった。

 

 

 

畑から帰ってきてしばらくしてから、

何となく体がダルく感じた。

 

疲れたのかな?!

そう思って初めはそれほど気にしなかったのだが、頭痛は治らず、夜になってから発熱も起こし、皆が慌て出した。

 

 

頭痛薬を飲んだりしても効き目がないのを見た妻は、

「イカウは外国人だから、

クボ(土地、ここでは畑のことだろう)にいるお化けに取り憑かれたんだよ、タブン…」

などと言い出す。

 

 

 

何を言ってるんだ?!

 

 

そう思ったが、

お母さんたちは心配して、何やら相談を始め出した…。

 

 

現れた祈祷師!!

 

「今、お祈りする人(祈祷師)呼んでるから、待ってて。」

と、妻が一言。

 

 

はい?!

 

祈祷師?!

 

病気をお祈りで治す、そんな話は聞いたことがあるが、まさかフィリピンはそういう国なのか?!

 

 

あまりにも怪し過ぎる…。

 

 

しばらくして家に来たのは、50代半ばくらいの女性だった。

 

ベッドで横になっている私に、ヴィックスというクリームを胸や腕、肩に塗ったり擦ったりして、何やらお祈りを始め出した。

 

 

時折、

 

 

彼はいつから熱が出ているのか?

今日は何処に出掛けたのか?

彼は何処の国の人?!

 

そんなことを妻に尋ねている。

 

 

お母さん、子供たちは心配そうに見ている。

 

 

現代の日本でこんな場面に遭遇することなど、まずあり得ないだろう。

 

しかし、

発熱と倦怠感で虚ろな状態の私は、

祈祷師のされるがままに身を任せていた。

 

とにかく、早く治ってほしい…

 

ただそれだけだった。

 

 

 

結局、

妻が言っていたように、土地のお化けに取り憑かれていたらしく、

祈祷師さんは、お祈りしたからもう大丈夫、とのこと。

 

 

 

初めての体験のあまりの怪しさに、

 

これがフィリピンの迷信、民間信仰か…

と妙に納得したのだった。

 

 

確かにその後はすっかり治ったので、効き目があったのだろう。

 

 

こんな出来事も、

フィリピンの魅力から私が離れられない原因かもしれない…。

そんなフィリピンが大好き!

 

家に入ると、そこには…

近年は、経済発展が著しいフィリピンだが、

国民の1/4は、

貧困層だと言われている。

 

 

例えば、

 

日本なら子供1人に対し、

子供部屋があるのは、ほとんど当たり前。

 

しかし、

フィリピンは日本で言えば2DKに、

家族6人、7人が住んでいるのも不思議ではない。

 

子供部屋など望むべくもないが、フィリピンの子供たちは屈託がない。

 

 

少し裕福な家庭なら、

二階建ての住宅に暮らしていることも多い。

 

それでも、

圧倒的に平屋の住宅に住んでいる人は多い。

 

 

だが、そこはキレイ好きなフィリピン人。

 

部屋は狭くとも、きちんと整頓されている。

(必要なモノ以外ない、と言った方が正解かもしれない…)

 

 

また、

日本みたいに玄関が独立しておらず、

外からドアを開けたら、すぐにリビングルームになっているような造りが多い。

 

 

 

玄関入ったら、いきなりソファー、テレビが置いてあるのである!!

 

その奥が、大体キッチンになっているようだ。

 

 

妻の実家も、似たような家の造りだが、

何度か訪れているうちに、慣れてしまった…

 

と言うより、愛着が湧いてきたのである。

 

 

いつも子供たちの賑やかな声で、

時にはうるさくも感じるが、これがフィリピンなんだ…!

 

 

 

自分には、日本の他に帰る場所があるんだ!!

 

妻の実家に帰る度に、そう思えるようになってきた気がするのである…。

 

 

新しいものが大好き!

そんな住宅事情のフィリピンだが、

フィリピン人は、新しいものが大好きだ。

 

 

特に携帯電話、今ならスマホだが、

日本と同じく、1人一台は必ず持っている!

 

 

日本でもまだガラケー華やかなりし頃、

フィリピン人も必ず持っていたものだ。

 

それも、

最新機種を器用に使いこなし、頻繁にメールのやり取りをしているのである。

 

 

ろくに仕事がないようでも、携帯だけはしっかり持っているのを見て、

お金は何処から出ているのだろう?!

 

そう不思議に思ったものである。

 

 

 

Facebookやインスタグラムに写真をアップしているフィリピン人は多いが、

仕事があっても安いサラリーで、スマホの料金もバカにならないだろうに…

 

他人事ながら、つい心配してしまう。

 

 

ホントは寂しがり?!

フィリピン人は屈託がないように見えるが、

実はさみしがりやで、

人と繋がっていないとダメなのかもしれない…。

 

 

 

日本で結婚しているフィリピーナなら、

なおさらのこと。

 

Facebook、Skype…

 

 

以前なら、国際電話するにもカードを買い、

料金が気になったものだが、

今や無料電話できるようになったのだから、

変われば変わるものである。

 

 

フィリピンの家族と離れていても、

 

昔ほど、

寂しい思いをしなくても良くなった。

 

 

フィリピーナ妻を持つ者として、

喜ぶべきことではある…。

 

フィリピン人は韓流好き?!

 

 

韓流ドラマが好き!

日本では韓流というと、かなり昔に過ぎ去ったブームだろう。

「冬のソナタ」が日本で大ヒットしたのが、

もう15年くらい前。

 

その後も、

様々な韓流ドラマが日本では放送されたが、知らないうちにブームは終わっていた…そんな感じだ。

 

 

以前ほど日本人は韓流ドラマに夢中になることはなくなったが、

フィリピンでは、相変わらず人気が高い。

 

結婚手続きの時か、

その後の渡比の時か、はっきりとしないが、

 

 

日本で放送する前の「冬のソナタ」が、

「エンドレス・ラブ」なるタイトルでフィリピンではTV放送されていたくらいだから…。

https://youtu.be/0RFHZQqNg3Q

 

 

フィリピン人は韓流が大好きらしい!

 

 

 

奇想天外、予測不能なストーリー、

 

悲劇に見舞われながらも生きていく主人公…

やっと掴んだかに思えた幸せ。

しかし、予想だにしない出来事が、主人公を更なる悲劇へ落としていく…

 

 

韓流ドラマは、こんな感じでストーリーが読めてしまうのだが、

それが面白いというか、なぜかハマってしまう…。

 

 

冬のソナタは、

私も毎週見てしまいましたから…。

 

フィリピン人が韓流ドラマ好きなのも、

理解できます…(^-^;

 

 

K-POPが大好き!

フィリピン人の韓流好きは、ドラマだけに収まりません。

 

もちろん、K-POP も大好き!

 

韓国人は、日本人に比べて英語が話せるため、

英語で歌えます。

美男美女が多く、そして、ダンスも上手い。

 

 

フィリピン人は、男も女もダンスが大好き。

即興でも踊れるほど、これは天性としか思えない。

 

 

その為、

やはり踊れる曲に人気が集まるようだ。

 

 

K-POPの、

軽快で、少し激しい感じの踊りが、

フィリピン人の心を虜にさせてしまうのだろうか…。

 

そして何よりも、

皆で楽しく踊れるのが一番!!

それが、好まれる原因かもしれない。

 

 

 

今なら(2018年)、

女性9人組の、MOMOLANDが一番人気のようだ。

確かに、

彼女たちのダンスは、見ている者を虜にさせてしまう何かがある。

 

 

様々な人が彼女たちのダンスをカバーして、

YouTubeに投稿している。

 

 

 

MOMOLAND人気、恐るべしである。

 

 

 

一番ハマっているのは、

他ならぬ自分かもしれない…( ̄▽ ̄;)

 

 

ジプニーとトライシケル

 

 

日本人には珍しい乗り物

フィリピンと言うとジプニーが有名だが、

トライシケルも庶民の足として、広く利用されている。

 

フィリピンのサイドカーと言った方が分かりやすいかもしれない。

 

 

ちょっとそこまで買い物に…といった時にも、

タクシー代わりに気軽に利用できる、便利な乗り物だ。

 

 

 

バイクの横に付いている箱みたいな物の中に座席があるが、

大人二人が座れるくらいの広さ。

 

乗り心地は、お世辞にも快適とは言い難い…。

 

 

それでも、

普通の車と違い、風を感じながら街中を走るのは、

 

フィリピンに来たんだなぁ~(^^♪

 

と思うのには十分だ。

 

ジプニーに乗るのは難しい?!

 

ジプニーの座席はこんな感じになっている。

対面式に座るのだが、以外と天井が低く、

腰を屈める感じで乗るようだ。

 

 

庶民の足と言われるだけあり、

きらびやかに外装を施したジプニーは、

大音量で音楽を流しながら、独特のエンジン音を立てて、ひっきりなしに走っている。

 

 

まるでデコトラのように、派手に外装に凝っているジプニーは、見ているだけでも楽しい!

派手な文字が書いてあったり、思い思いにイラストが描かれていたる。

 

ドアにキリストの肖像画や、自分の子供の顔だったりが大きく描かれ、

オーナー(ドライバー)の好みか表れていて、なかなか見応えがある。

 

 

 

広そうで意外と狭い車内は、これでもかとギュウギュウにすし詰め状態になるのは日常茶飯事、

後ろの降り口の手すりに何人もつかまって乗っているのも、よく目にする光景だ。

子供の頃から慣れているフィリピン人だからこそ出来る乗り方で、日本人には真似できないだろう…。

 

 

乗り方、降り方、お金の払い方お釣りの受け取り方など、最初は少し難しそうな感じがする。

慣れるまでには、時間がかかりそうに思えた。

 

 

それでも、フィリピンに行ったらぜひ、一度は乗ってみることをお勧めしたい。

 

フィリピンの庶民の気分を感じられると思う…。

 

 

執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過中。詳しいプロフィールはこちら
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