ある決意
好きになった女性に初めて電話するのは、相手がフィリピーナであっても、
「緊張とワクワク」
が入り交じるものだ。
現代ならスマホ(携帯)があるから、
番号を知っていれば、好きな人にもすぐに連絡ができる。
だが、
海外へ電話となるとまた違ってくる。
ましてや、彼女が住んでいるのはフィリピン。
国際電話が割高だった1990年代、
フィリピンでは固定電話のない家が、まだまだ多い…
とも聞いていた。
そんな当時のフィリピンに電話をかけるというのは、
ある意味で「冒険」だ。
あれは、フィリピンパブのスタッフとして働いていた20代の頃のこと―
俺のことを「アサワコ~」と呼んで面白がっていたミキ。
彼女がサヨナラパーティーを終え、
フィリピンに帰国してからというもの、
心にポッカリと穴が空いてしまったかの毎日を、俺は過ごしていた…
もちろん、
お店には20人近いタレントがいるから、
相変わらずフィリピーナたちとの「楽しい掛け合い」はあるのだが、
やはり、何か物足りない毎日を送っていた。
見かねた店長からは、
「松ちゃん、ミキ追いかけて、いきなりフィリピンに行くなよ?!」
などと言われる始末。
いやいや、お店は月1日だけの公休日じゃないですか…
忙しい毎日が続く中、
「彼女追いかけてフィリピン行きたいので、お休みください!」
などと言おうものなら、
社長から怒鳴られ、却下されるのは目に見えている…
かと言って無断欠勤し、
仕事をすっぽかしてまでフィリピンに飛ぶことは、
やはり考えられなかった。
それをしたら、ただのピン中だ。
(いや、もう十分にピン中…)
そんなある日、
俺はついに決意した。
「彼女に電話しよう!!」
フィリピン帰国前に、彼女から自宅の電話番号は聞いていた。
「電話くれるの、楽しみに待ってるネ~」
そう言って渡してくれた紙切れには、
63-×××××××××
という、
63(国際電話のフィリピンの国番号)
から始まる番号が、独特の書き方で記されていた。
数字ひとつの書き方も、
日本人とフィリピン人では違う。
手書きの電話番号を見るたびに、
彼女の声が聞きたい!!
という思いは募る。
「よし、仕事休みの明日に電話する」
その日はきた…?!
迎えた翌日。
フィリピンと日本の時差は1時間。
日本が朝10時なら、
フィリピンは朝9時だ。
さて何時に電話するか?!
午前中がいいか?
お昼過ぎがいいか?
いや、待て。
彼女以外は日本語を話せない。
家族が出たら英語で話すしかないが、大丈夫か?!
などと、
なかなか決心がつかないうちに、
時間だけが過ぎていった。
夕方─
ついに、
意を決して携帯を手に取った。
国際電話カードの番号に電話し、
アナウンス通りに番号を押していく…
そして…
♪♪♪~
国際電話の独特の呼び出し音が、
緊張を高める。
「(ガチャッ)Hello~?!」
女性だ!
だが、ミキではない。
お母さんだろうか…?!
こちらの名前と日本人であることを告げ、彼女に繋げてほしいと拙い英語で頼む。
「◯△☆×★▽◇~」
数秒間、
タガログ語での話し声がする。
そして…
「Hello~モシモシ~?!」
彼女だ!!!
フィリピンに帰国してから、まだ1ヶ月ほどしか経っていないが、
久しぶりの彼女の声に、
思わず嬉しさが込み上げる。
軽いジャブが‥?!
初めは、こっちを誰だかわからないようだった。
電話が遠いのかな…?!
俺
「もしもし、松田ですけど…」
彼女
「えっ?!◯◯サン?!」
なんと…
嬉しそうに彼女が口にしたのは、
「マツダ」ではなく、
発音が似ている、違う名字だった。
「!!!!!!…」
俺
「いや、◯◯じゃなくてマツダ。
お店のスタッフだった、
マ・ツ・ダ…」
彼女
「あ…マツダさん…?!」
どうやら彼女は、
「お気に入り」だったお客さんからの電話だと、勘違いしたようだ。
そうだよなぁ…
俺はただのスタッフ。
わかってはいたことだが、
ショックに打ちのめされた。
まるでパッキャオが、
笑いながら俺に軽いジャブを見舞ったかのようだ…
彼女への初めての電話には、知りたくなかったオマケまでついてしまった。
だが、
これに懲りることなく、
俺は彼女に、
時々は電話するようになった。
そして、
それは運命的な彼女との再会に、
やがて繋がっていくのだった。
そんな、初めての国際電話の思い出だ。
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