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命名 マニラ空港が『マルコス国際空港』に⁈

フィリピンの玄関口

日本からフィリピンに行くには、二通りある。

 

ルソン島の首都マニラ、

リゾートで有名なセブ、

 

どちらへも、日本からの直行便がある。

 

この二つ以外に行く方法、

例えば、ミンダナオ島ダバオに行くには、

マニラ空港で国内線に乗り換える必要がある。

 

 

そんなマニラ空港…

 

 

以前は「世界ワースト1 の空港」という、

不名誉な称号を頂いていた。

 

 

建物が古い、狭い、

トイレが臭い…などに加え、

 

空港職員が利用者に対し、
賄賂を公然と要求する…

 

そんなことも平気で行われていた。

 

 

私自身、
「荷物を運んであげたから、お金をくれ~」
などと、しつこく言われたりした…

 

 

 

実は初めてのフィリピン訪問時、

 

入国審査でちょっとしたトラブルがあり、時間がかかってしまった。

審査が終わり荷物をターンテーブルを取りに行ったら、

綺麗に荷物が片付けられていたことがあった…

 

 

途方に暮れながらも、何もわからないマニラ空港内を歩き回り、

何とか荷物を探し出したが、

 

 

空港職員らしきフィリピン人男性から、

「手伝ってあげたから、お金くれ」

 

…である。

 

 

 

事前に噂は聞いていたが、

初フィリピンで、この国の現実の一つを見せられた。

 

 

 

ちなみに2010年代半ば頃まで、
マニラ空港は度々、
世界ワースト1 空港になっている。
ワースト1 にならずとも、
ワースト10 には、必ず?!ランク入りする常連でもある。

 

 

 

そりゃそうだろう…

 

 

 

 

私が初めてフィリピンを訪問した1990年代後半は、

まさに「世界ワースト1 の空港」

と、マニラ空港が言われていた頃だ。

 

 

古くて狭い?マニラ空港ターミナル1…

当時は確か、ターミナルは一つだけ。

 

 

現在ではターミナルが4つあり、

一番古いターミナルは「ターミナル1」として、主にJALの発着としてl使われているが、
そのターミナル1は、1981年竣工。

 

 

建物内の通路なども狭く、
何より少し薄暗く、陰気な感じだった。

 

 

イミグレーション、入国審査場のホールはそれほど広くなく、
そこに続く通路もまた狭く、

 

飛行機から降りて歩いてきた乗客が手前の階段で連なり、
順番待ちしている有り様は、

 

まさしく、最悪な空港そのもの。

 

 

 

東南アジアの国…ということもあったためか、

「フィリピンだから仕方ないか」

そんな思いが湧いてきたことを、
今も覚えている。

 

 

 

 

 

そのマニラ空港は、

正式には、ニノイ・アキノ国際空港
( Ninoy Aquino International Airport )
通称 NAIA とも呼ばれている。

 

かつては「マニラ国際空港」(Manila International Airport, MIA)と呼ばれていたが、

 

そのマニラ空港で1983年8月、

亡命先のアメリカから帰国したベニグノ・アキノ議員が、

到着した航空機内で射殺される事件が起こった

 

 

アキノ氏は当時、フィリピン民主化運動の代表的な存在。
当時のマルコス大統領(先頃就任したマルコス大統領の父)の反体制派でもあり、

迫害を受けていた為、アメリカに亡命していた。

 

 

そのアキノ氏が、フィリピン帰国後に射殺されたことで、

マルコス独裁政権に対するフィリピンの人たちの怒りが頂点に達し、
1986年2月のピープル革命につながる。

 

 

 

マルコス政権は崩壊、マルコス一家は逃げるようにハワイに亡命。

 

 

そして、

ベニグノ・アキノ氏の妻である、コラソン・アキノ氏が後任の大統領に就任。

 

 

フィリピン民主化への、そんな一連の流れから、
ベニグノ・アキノ氏を記念して、

1987年8月にニノイ・アキノ国際空港に改称された…

という歴史がある。
(ニノイは、ベニグノ・アキノ氏の愛称)

 

 

ニノイ・アキノという名前を変えよう…⁈

2022年6月、マルコスJr.が大統領に就任したが、
以後、マルコス支持派の議員による動きが活発化していて、

 

 

その一つが、

 

ニノイ・アキノ国際空港から、
「フェルディナンド・エドラリン・マルコス国際空港」

に変えよう…という動きだ。

 

 

フェルディナンド・E・マルコス とは、
マルコス元大統領の名前。

「マニラ空港はマルコス元大統領の時代に整備され、運用されてきたから、
マルコス元大統領の名前を付けるのは、
自然なこと…」

というのが、
議案を提出した下院議員の話。

 

 

 

だが…

簡単に言えば、

 

マルコスJr.が大統領になった今、
父の政敵だった人物の名前を、フィリピンの代表空港であるマニラ空港に名付けられているのが、
しゃくにさわる…

 

そんな感じなんじゃないかな~

と、勝手に推測しているが…

 

 

マルコスJr.が選挙に勝った時、

 

ニノイ・アキノという空港名にケチつけることも、
あり得なくもないな~
と冗談半分で思ったが…

 

 

本当に、
「マルコス国際空港」に、
名前を変えたとしたら、

笑い話?!どころか、

 

 

あのピープル革命は何だったのか?
革命後の30数年は、フィリピンにとって何だったのか?

 

そう私は思ってしまうが、

要らぬお節介か。

 

 

現状で、
フィリピン国民の多くがマルコスJr.を熱烈に支持していることが、

日本人の私からすれば、
首を傾げたくなることの一つでもある…

 

 

そこには、フィリピン人にしかわからない、
「何か」があるのだろう。

 

 

 

 

フィリピンは、何とも不思議の国だ。

 

 

 

 

 

それにしても…空港名は、

「マニラ空港」

じゃダメなのかな~

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執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過したが…詳しいプロフィールはこちら
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