アサワ、これナニ?!

フィリピーナは…

フィリピーナはいつも陽気で明るい、

フィリピーナはユーモアがあって、

ジョークが好き、

フィリピーナは働き者、

 

 

そして…

 

 

 

 

 

そしてフィリピーナは、嫉妬深い…

 

 

 

結婚前から、そんなフィリピーナの特徴は心得ていたはずだった。

 

フィリピンパブで仕事をしていたおかげで、

フィリピーナの彼女たちの表と裏を毎日見て、全てわかったつもりでいた。

 

 

 

 

が、

 

 

本当にフィリピーナの嫉妬深さを思い知ったのは、

彼女と結婚し、一緒に住み始めてからだった。

 

一枚の写真が…

結婚して一緒に生活を始めたとはいえ、

旦那である私のことを、まだ彼女は詳しくは知らない。

 

どんな幼少期を送ったのか?

どんな学生時代だったのか?

初恋は、どんな女の子だったのか?

どんな仕事をしてきたのか?

 

 

もう、ことある毎に質問の連続。

 

 

目の前にいる、日本人の夫がどんな人生を送ってきたのか?!

興味津々のようであった。

 

 

これが逆だとしても、

 

彼女に対して、私からも質問の雨アラレで、

彼女の「これまでの生きざま」

を知ろうとするだろう…。

 

 

 

実際、

 

結婚の為にフィリピンへ行った時は、

彼女の幼少期の写真などをたくさん見せてもらったり、

彼女からも、当時のいろいろな話を聞いたりもした。

 

 

だから、

彼女から昔のことを聞かれたら、

きちんと答えていた。

 

 

が…

 

 

さすがに面倒くさく感じ、

昔の写真が収められているアルバムを見せることにした。

 

まだ3歳くらいの幼少の頃の写真から、

小学校、中学、高校…

 

そして、

社会人になってからの写真の数々が、

そこには何枚もあり、

彼女は、目を輝かせてアルバムに見入っていた。

 

 

と、一枚の写真に

彼女の視線が留まり、一言。

 

 

 

「アサワ、これナニ?!」

 

そして、破り捨てられた!!

 

それは、

 

まだ22歳頃の自分が、

当時付き合っていた彼女の肩を抱き寄せ、

二人で笑顔で収まっていた写真だった。

 

 

とっくの昔に別れた、当時の彼女。

 

それでも、

何となく写真を捨てられず、そのままにしておいてしまい、

以後、

捨てるタイミングを完全に逸してしまった、いわくつきの写真。

 

 

″ウワッ!!…

これ、完全にアウトだよなぁ?!″

 

内心、ビクついた…。

 

「昔のカノジョの写真があるのは、

まだ忘れられないだからデショ?!」

 

彼女の言葉が、まるで尋問のように感じる。

 

 

「もう、昔に別れた女の子だよ?!」

 

と言っても、全く聞く耳を持たない妻。

 

さらに、

「ホントは、まだカノジョ好きナンジャナイ?!」

 

の一言。

 

 

この場面では、

余計な言い訳は、彼女の怒りという火に油を注ぐだけだ。

ここは、潔く、自分の過ちを認めるのみ。

それ以上、一切反論しないでいたのだが…。

 

 

 

 

「もう、イカウはワタシという奥サンがいるんダカラ…」

 

と言いながら、

その写真をビリビリと音を立てて細かく破り、ゴミ箱に捨てたのだった…。

 

 

「…!!」

 

 

憐れ…

 

 

捨てられずにいた過去の思い出は、

妻によって、いとも簡単に捨て去られたのである。

 

 

フィリピーナは、ここまで嫉妬深きものなのか?!

 

そう再認識するのには、

十分すぎる出来事であった。

 

白いウエディングドレス

結婚式

動画は、

フィリピンで Singing Police woman として一躍有名になった、

Jackyさんの結婚式の様子 。

 

 

 

世の女性ならば、結婚式の白いウエディングドレスに憧れると思う。

 

「ワタシ、大きくなったらお嫁さんになるの!」

 

TVなどで、幼稚園の小さい女の子が将来の夢を聞かれ、

こんな言葉を口にしているのを、皆さんも見たことがあるだろうが、

 

 

”お嫁さん”

というのは、女の子にとっては永遠の夢なのだろう。

 

”白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる…”

というのも、これに近いだろう。

 

シンデレラなども、そうかもしれない。

 

 

そして、

男にとっては、それほど結婚式に固執しない向きもあるが、

女性にしてみれば、

裾の長い純白のウエディングドレスを着て、

バージンロードを歩くことは、小さい頃からの憧れなのかもしれない…。

 

 

誰が言ったか忘れたが、

 

人間が主役になるのは、

 

生まれた時、

結婚式、

そして葬式の時。

 

らしい…。

 

生まれた時のことは覚えてないし、

死んだ時のことは、全く想像もつかない。

 

 

人生のうちで一番美しい時に、皆から結婚を祝福されたい!

 

その気持ちは、十分にわかる。

 

 

全ての女性は、ロマンチストなのである。

 

夢見るフィリピーナ

私は国際結婚をしているが、

フィリピンで盛大な結婚式を挙げたわけではない。

 

一応はフィリピンの正装である、バロンタガログを着用し、

妻は、白いドレス(ウエディングドレスではない)を着て、

簡単な式をしただけである。

 

 

「国際結婚だから、派手な式を挙げたんでしょう?」

 

などと聞かれたりするが、

どうも国際結婚というのは、派手なイメージが先行しがちなようである。

 

 

 

さて…。

 

 

結婚当時は何も言わなかった妻だが、

最近になり時々、

 

「アサワコ、

アコ、フィリピンでウエディングドレスを着て、

結婚式をしたい!」

 

とか、

 

「親戚、トモダチ呼んで、結婚パーティーもしたい…」

などと言うようになった。

 

 

”やっぱり、

ウエディングドレスを着て結婚式を挙げたいんだな…”

 

口には出さなくとも、

いろいろ我慢してきたのはわかっていたつもりだった。

 

 

彼女も、

心の中は、夢見る乙女なのである。

 

18年も離れずに付いてきてくれた彼女の願い、

叶えてあげたいが、果たしていつになるやら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


コウノトリに逃げられた?!

 

お腹イタイ…

妻の妊娠がわかり、翌年の春頃には子供が生まれる…

俺も父親になるのか!!

信じられないような不思議な感覚だった。

 

妻は、赤ちゃんの名前を、

男の子なら、ヒデキ、

女の子なら、マリア、がいい…

と考え、

まだ半年以上も先の産まれてくる日が待ち遠しいのか、毎日嬉しそうだった。

 

男の子でも女の子でも、元気で産まれてくれれば…

自分は、

ただただ、そう願うばかりだった。

 

 

そんなある日…

 

妻が突然、

「アサワ…お腹イタイ…!!」

と言い出した。

 

初めは食あたりとか、

そんな類いかと思い、

 

「へんなもの食べたんじゃないの?!」

などと軽い気持ちで答えていたのだが、

 

どうもそうではないらしい…。

 

そして、

トイレから帰ってきた妻が、

 

「アサワ…血が出た…!!」

と言うではないか!!

 

まさか…

 

イヤな予感がする…

 

翌日、

慌てて妻と二人でレディースクリニックを訪ねた。

 

相変わらず妻は、

お腹が痛いと言っていた…。

 

そして…

 

 

結局、

流産となってしまった…。

 

オペをした為、

一日だけ入院することになったが、

妻は、夜通しお腹が痛いと言い、ろくに眠れなかったようだ。

 

 

妊娠からわずか2、3ヶ月足らずで失った命を想うと、

妻も私も、涙が溢れて止まらなかった。

 

 

子供が助けてくれた?!

妊娠がわかる前、妻はかなりの過食症になっていて、

元々47㎏くらいしかなかった体重が、

半年あまりの間に、

あっという間に70㎏を超すくらいになっていて、80㎏にもなろうかというほどだった…。

 

高血圧など、

体調が良くないことが多くなっていた。

 

 

それも、

流産の原因の1つになったのかもしれないが、

 

皮肉なことに、

 

流産になって以降、妻は痩せていき、

体調も良くなっていったのは、

 

 

生まれてくるはずだった子供が、

母親を助けた…

 

そう考えるのは、

あまりにも美化しすぎかもしれない。

 

しかし、

私はそう思いたい…。

いや、

 

そう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スター気分?!

タガログversion

JPMについては、

以前にも話したことがあると思う。

 

Japan Pilipino Music の略であり、

日本のヒット曲を、タガログ語で歌っているものを指す。

 

有名なのは、

徳永英明の「最後の言い訳」を、

日本人歌手のテッド伊藤がタガログ語でカバーした、

「Ikaw Pa Rin」だろう。

 

1990年代半ば~後半にフィリピンで大ヒットし、

テッド伊藤は一躍スターになった。

 

 

当初は、

″日本とフィリピンのハーフ″という触れ込みだったらしい。

 

初めてテッド伊藤の歌声を聴いたとき、

タガログ語が上手なので、

 

 

 

「この人、一体何者?!」

 

と驚いたものである。

 

日本、フィリピンのハーフなら、タガログ語が上手くて当たり前か…

 

そう納得したのだが、

本当は生粋の日本人。

 

 

「Ikaw Pa Rin」でもテッド伊藤について話しているが、

http://kawaiitsuma.com/tagarogugo/ikawparin.html

 

Ikaw Pa Rin の他にも、JPMを何曲も歌っている。

 

歌ってみた!!

同じ徳永英明の「壊れかけのRadio」

谷村新司の「Far away」

 

そして、

尾崎豊の「I love you」

などもタガログ語でカバーしている。

 

1980~1990年代の日本のヒット曲がJPMに多いのは、日本がバブル全盛期で海外進出に積極的だったからなのでは…?!

 

 

 

というより、

 

 

当時の日本での、フィリピンパブの爆発的な人気が、原因に考えられるだろう。

 

日本に出稼ぎに来るフィリピーナの、

「仕事用」として、

JPMは需要があったと思われる。

 

 

サービス精神旺盛な愛くるしいフィリピーナが、日本のヒット曲をタガログ語で歌う…

 

これだけでも、

日本人のお客さんとフィリピーナの間で話のタネが出来る。

 

 

果たしてテッド伊藤は、そこまて考えてのフィリピン進出だったのか?!

 

それはわからないが、日本のピンパブの功労者であることに間違いないだろう。

 

 

 

 

そんなテッド伊藤のタガログカバーする、

「 I love you 」だが、

カラオケでは、

タガログversionが見つからなかったので、

尾崎豊の「I love you」のカラオケで歌ってみた…。

 

 

 

ちなみに、

 

JPMは、

日本語の歌詞とは、全く意味が異なるタガログ語で歌われていることが多い。

 

また曲の雰囲気が全く変わるのも、一つの魅力かもしれない。

 

 

 

それにしても…

 

 

お耳障りは承知の上、

スター気分で歌ってますね…( ̄▽ ̄;)

 

 

迷信を信じる人達

 

Ikawは外国人ダカラ…?!

フィリピンという国は、私にとっては何もかもが魅力的に映る。

 

 

南国の眩しい太陽、ビーチのヤシの木、

長い黒髪の可愛いらしいフィリピーナの笑顔、

 

口髭を蓄えたトライシケルのドライバー、

 

ジプニーの乗降口の手すりに掴まりながら、立ったまま乗っている少年…

 

パレンケに集まる様々な人々…

 

 

 

一日中見ているだけでも飽きないのだが、

フィリピンに来たからには、フィリピンの色に染まりたい!!

 

常々そう思っていたが、

思わぬ形で、フィリピンの新たな一面を体験することになるとは…。

 

 

 

 

妻と結婚して2年目くらいの、フィリピン渡航時の出来事だったと記憶している。

 

 

妻と二人でのフィリピンへの帰国。

 

宿泊はもちろん、彼女の実家。

その実家から歩いて10分くらいの場所に、彼女のお母さんが野菜を作っている、小さな畑があった。

10坪あるかないかの広さだろうか。

 

オクラ、ミニトマト、モロヘイヤみたいな葉物野菜を作っていたように思う。

のとかな家庭菜園といった感じだ。

 

 

他にも、

妻のお兄さん、お姉さんの子供たちと一緒に近所にある小学校を見に行ったり、

 

皆でパレンケに行ったりと、

日本人の私が退屈しないようにと、

いろいろ気を遣ってもらった。

 

 

 

畑から帰ってきてしばらくしてから、

何となく体がダルく感じた。

 

疲れたのかな?!

そう思って初めはそれほど気にしなかったのだが、頭痛は治らず、夜になってから発熱も起こし、皆が慌て出した。

 

 

頭痛薬を飲んだりしても効き目がないのを見た妻は、

「イカウは外国人だから、

クボ(土地、ここでは畑のことだろう)にいるお化けに取り憑かれたんだよ、タブン…」

などと言い出す。

 

 

 

何を言ってるんだ?!

 

 

そう思ったが、

お母さんたちは心配して、何やら相談を始め出した…。

 

 

現れた祈祷師!!

 

「今、お祈りする人(祈祷師)呼んでるから、待ってて。」

と、妻が一言。

 

 

はい?!

 

祈祷師?!

 

病気をお祈りで治す、そんな話は聞いたことがあるが、まさかフィリピンはそういう国なのか?!

 

 

あまりにも怪し過ぎる…。

 

 

しばらくして家に来たのは、50代半ばくらいの女性だった。

 

ベッドで横になっている私に、ヴィックスというクリームを胸や腕、肩に塗ったり擦ったりして、何やらお祈りを始め出した。

 

 

時折、

 

 

彼はいつから熱が出ているのか?

今日は何処に出掛けたのか?

彼は何処の国の人?!

 

そんなことを妻に尋ねている。

 

 

お母さん、子供たちは心配そうに見ている。

 

 

現代の日本でこんな場面に遭遇することなど、まずあり得ないだろう。

 

しかし、

発熱と倦怠感で虚ろな状態の私は、

祈祷師のされるがままに身を任せていた。

 

とにかく、早く治ってほしい…

 

ただそれだけだった。

 

 

 

結局、

妻が言っていたように、土地のお化けに取り憑かれていたらしく、

祈祷師さんは、お祈りしたからもう大丈夫、とのこと。

 

 

 

初めての体験のあまりの怪しさに、

 

これがフィリピンの迷信、民間信仰か…

と妙に納得したのだった。

 

 

確かにその後はすっかり治ったので、効き目があったのだろう。

 

 

こんな出来事も、

フィリピンの魅力から私が離れられない原因かもしれない…。

執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過中。詳しいプロフィールはこちら
カテゴリー

ページの先頭へ