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国際結婚相談所って…?!

 

結婚しない選択肢

いきなりですが…

日本は、正社員よりも非正規雇用割合いが高い、と言われていますよね。

 

 

昔ならば(バブル時代くらいまで)、

『終身雇用』
『年功序列で給与アップ』

 

が保証されていた。

 

 

しかし現在は、
企業側は必要な時安い費用で人員を雇い、
必要がなくなれば、
平気で契約解除してしまう。

 

 

安い給料で、不安定な雇用状態。

 

 

ためか、
結婚適齢期男性が、なかなか結婚踏み切れない…
ということが問題となっいる。

 

 

結婚したくも、できない。
または、
結婚し夫婦共働きしも、
子供を1人か2人育てるのに、精一杯。

日本少子化が問題視されて久しいのに、

さら加速させしまう大きな問題なのに、

解決の糸口は見出せていない。

 

 

『結婚は、必ずしなければならないものではない』

そんな価値観も認知され、

 

結婚できない、ではなく、

 

結婚しない、

という選択をする人も増え、

 

 

 

結婚して一人前

という風潮は、遠い過去の話になった。

 

 

フィリピーナ紹介します…?!

 

そんな問題がある一方で、

結婚したい…!
という人たちもいる。

 

 

しかも、
フィリピン女性と国際結婚したい!!
という人たち…

 

そし
そんな人たちため
″フィリピン女性結婚相手を紹介する″会社がある。

 

もしかしたら聞いたことがあるかもしれません…

 

 

「フィリピン国際結婚相談所」

 

いくつか会社 HP を開くと、

トップページで満面笑みを浮かべた南国美人女性写真が、

訪問者をにこやかに出迎えくれる…

 

 

″水商売女性でなく、スレいない一般フィリピン女性を紹介″
″フィリピン女性は明るく、情厚く、働き者″

 

 

 

そんなフレーズの先には、

日本人男性との結婚を希望するフィリピン女性が、

写真付きで紹介されいる。

 

 

なかには、

動画でアピールする女の子も!

 

 

見た感じでは、
『ミス・フィリピン』選ばれるような、
彫り深いスペイン系よりも、

黒髪でカワイらしい顔立ちフィリピン女性が多い。

 

日本人男性は、
″カワイイ女性が好み″らしいで、
一目惚れしやすいかも?!
しれませんね。。。

 

 

最低でも100万円必要?!

そんな『フィリピン国際結婚相談所』の気なる費用は…

 

 

 

1回渡航で10万円台~

 

そこからはオプションがあったりで、

合計100万円台を越えまうことも。

 

最低でも、100万円ぐらいはかかりそうだ。

 

 

 

 

 

当然ながら、
1回渡航で結婚は決まらない。

2回、3回とフィリピン行くが普通。

 

 

1回目が顔合わせ
2回目で結婚手続き、結婚式
3回目で、フィリピン奥さんを迎え行き、一緒日本入国…

そんな流れなるようだ。

 

 

 

フィリピン女性と国際結婚で結婚相談所を利用した場合、

結婚相手紹介など費用とは別

 

 

日本─フィリピン往復旅費
フィリピンで宿泊ホテル代、
食事代などは、自腹。

というのが多いようです。

 

 

 

「そこまでし、フィリピーナと結婚したいか?!」

と、
私が言える立場ではありませんが…

 

 

というか、
結婚相手紹介っ
フィリピンでは認められいるんだろうか?!

ダメだと聞いたこともあるが、実際は…

 

 

そんな疑問も浮かんできました。。。

 

フィリピーナと結婚するメリットは?!

でも、
結婚をする前
よくよく考えくださいね?!

 

文化、習慣、育ち方も思考も、

言葉も異なる国二人が結婚するのだから、

 

 

 

前途待ち受ける困難は…

 

 

もちろん、
お互いを尊重し、手を携え生活しいけば、
明るく幸せな家庭を築けます。

 

日本人同士結婚とは、
ひと味も二味も違う、
楽しい生活なるでしょう。

 

 

 

 

 

フィリピーナと結婚するメリットは。。。

 

 

1,フィリピーナは明るい性格。

南国特有のポジティブさがあります。

 

辛い時もジョークを言ってあなたを笑わせたり、励ましてくれるでしょう。

一緒に暮らしていると、

毎日が本当に楽しくなりますよ。

 

2,好きな人には、とことん尽くす。

 

仕事で疲れた日には、

マッサージであなたを癒してくれるでしょう。

 

3,働き者が多い。

 

料理、洗濯、掃除などの家事はもちろん頑張る。

 

そして、

フィリピンの家族への仕送りのために、

自らパートに働きに出ることを厭わない。

 

 

以上、
経験者は語る…。

 

 

やはり思いやりが大切…

ただ、

フィリピンへの送金問題は避けられない。

フィリピーナと結婚したら、これだけは覚悟が必要。

 

 

毎月は送らない、

こっちが苦しくなるような大金は送らない、

どうしても頼まれた時だけ送金する、

3ヶ月に1回だけにするとか、

 

 

2人なりのルールを作るといいですね。

 

 

 

 

 

そし

「こんなパズじゃなかった…」
そんな後悔をしないため

 

 

まず大切なは、相手対する思いやり。

 

 

自分を愛するよう
パートナーを愛しなさい…

 

これが、とても大切です。

 

 

とはいえ、

言葉でいうほど簡単ではない時もあるでしょうが…

 

 

いつも彼女の笑顔を見ていたいですよね~

 

 

 

 

そして、

彼女が日本語を話せるとしても、

 

 

 

旦那さんもタガログ語を勉強したりして、

コミュニケーションを深めることや、

 

フィリピンを理解する努力は怠ってはいけないと思います。

 

 

経験者は語る。。。

 

 

 

以上、

フィリピーナとの国際結婚のメリット、デメリット、

国際結婚相談所について、

私の経験から語ってみました。

ゴハンまだデショ?!

 

シェアハウスのタレント…

若者の間でシェアハウスが人気だという。

 

寝る部屋は別々でも、
リビングで一緒に食事をしたり、
TVを見たりと、

孤独に陥りがちな独り暮らしに比べ、

誰かと話をすることで精神的にも健康になり、

悩み相談もできる。

 

また、

車などもシェアすることで余計な出費も抑えられる。

 

 

そんなシェアハウス生活。

私的には…
ちょっとした「部活の合宿」みたいな雰囲気で、

 

イヤじゃない…かな。

 

 

 

とても今風な感じだが、
似たような生活をしている人たちがいる…

それは、

フィリピンパブで仕事をしているフィリピーナ嬢たち。

 

 

 

まず、
日本のフィリピンパブで仕事をするフィリピーナには、大きく分けて2種類ある。

 

①日本人男性と結婚し、日本で暮らしているピナさん

②フィリピン在住でオーディションに合格し、来日するタレントさん

 

結婚して在日で仕事をしている①のピナさんは、

「アルバイト」などと呼ばれたりするのに対し、

 

②の女の子は、なぜタレントと呼ばれるの?!
かというと…

 

フィリピンでオーディションを受け、合格した者だけに興行ビザ(ダンサーかシンガー)を発給されて来日するため、そう呼ばれる。

 

 

しかし、実際にはホステスさんの仕事をする。

 

 

暗黙の了解…ということか。

 

 

日本のフィリピンパブ最盛期の2004年には、
年間8万人!
のタレントさんが来日していたのが、

 

アメリカから「人身売買ではないか?!」と指摘されたこともあり、

 

その後一気に年間8000人ほどまでに激減…

 

 

 

現在も、同じような状況が続いていると思われる。

 

 

 

そんなタレントのピナ嬢たちの、
日本での生活環境も、

スゴいものがあった。

 

 

以下は、あくまでも私の経験での話。

 

現在来日している、『タレント』の女の子たちの詳しい生活環境はわからないが、

似たような感じかと思う。

 

24時間一緒です~

ほとんどの場合、
お店から歩いてすぐの場所に、彼女たちの住むアパートがある。

 

 

マンションの1フロアー借り上げだったり、部屋だけを借りたりして、
タレントアパートにしていることが多い。

 

 

例えば…
6畳間に二段ベットが2つ、
10畳間くらいなら二段ベットが5つとか、そんな感じに寝室がある。

 

ダイニングキッチン、トイレ、シャワーなどは、共同。

 

 

個人のプライバシーは皆無。

 

タレントたちは、お店でも一緒、アパートでも一緒。

 

つまり、
24時間必ず誰かと一緒。

 

 

「ランナウェイ」
防止の意味もあるかもしれない。

いや、

逃げる時も一緒だ…

 

 

いつも一緒にいるだけに、
仲の良い子達は本当に仲がいい。
(犬猿の仲の子が同じアパートだと、それはもう悲惨…)

 

 

 

フィリピンパブで仕事を始め、
初めて彼女たちの住むアパートを見た時、

「プライバシー皆無の環境で、よく耐えられるな~…」
そう私は思ったものだ。

 

 

24時間、誰かと一緒。これはキツイだろう…と。

だが、

彼女たちは実に楽しそうに生活していた。

 

愉快な住人たち…

お店での仕事が終わり、私たちがアパートチェックに行くと、

 

シャワーが終わってリラックスしている子、

料理を作り食事をしている子、

フィリピンの家族に手紙を書いている子…

それぞれが、
思い思いに過ごしていた。

 

 

 

時には、

「ねぇ…マツダsan、ゴハンまだデショ?

一緒に食べるスル?!」

 

などと食事に誘われることもあった。

 

 

また、タガログ語で何かジョークを言っては笑い合っていたりと、
「出稼ぎ」の辛さを感じさせないのである。

 

 

フィリピンでも核家族化が進んでいるが、

子供が5人、6人で父母、祖父母と同居とかの大家族は今でも多い。
(ちなみに、私の妻は7人兄姉の末っ子)

 

部屋がなく皆で雑魚寝したり、
少ない食べ物を分けあって食べることが、珍しくない。

そんな環境で育てば、
一部屋に3,4人で暮らすことなど、それほど苦ではないだろう。

 

 

「助け合いの精神」が、日本よりも強いと言われるフィリピン。

 

同じような境遇で日本に出稼ぎに来ているから、辛さも寂しさもわかる。

だからこそ、
「仲間として助け合うのは当たり前」

そんな心境だろう。

 

 

それだけに、
彼女たちのアパートでの生活振りが、輝いて見えたのかもしれない。

 

もちろん、
性格的に明るい「南国気質」も関係してるだろう。

 

 

 

ちなみに…

フィリピンパブには、フィリピン人男性スタッフもお店に必ず一人はいる。

 

なかには、日本語の堪能なフィリピン男性もいて、
「タレントの女の子と、お店側のパイプ役」
をこなしている強者も。

 

 

そんなフィリピン男性スタッフたちも、
やはりお店近くのアパートで、
共同生活をしている。

 

そして…
やはり楽しげに生活をしている。

 

 

人はどんな環境にも適応できる。

 

そして、

住めば都。

 

 

本当にそうかもしれない。

これって…ナニ?!

 

 

面白い乗り物?!

フィリピンに行くと、日本との違いに驚かされる。

気候、習慣、風景、食べ物などなど。

 

『治安の悪い発展途上国』

 

多くの日本人にフィリピンはそのように認識されている。

もちろん、それは事実でもある。

 

だが、高層ビルの立ち並ぶ首都マニラの街並みは、

とても発展途上国とは思えない。

 

 

 

そして、

朝夕の交通渋滞は日本と変わらないか、

もしかしたら、それ以上の酷さだ。

 

平気でクラクションを鳴らしまくり、

我先にと隙間を縫うようにして走る車、バイク。

 

 

昔は日本の中古車が多かったが、

今では綺麗な車が当たり前になった。

"庶民の足"ともいえるジプニーは、

大音量で音楽を流しながら、ご機嫌に走っている。

 

 

南国特有の熱気と、何とも言えない喧騒―

とにかく活気に満ちている。

 

 

そんな中を、

ジプニーと同じくフィリピンらしい乗り物が走っている。

 

 

それが、"トライシケル"だ。

 

 

フィリピン版サイドカー…?!

 

トライシケルとは、簡単に言ってしまえばサイドカーだ。

 

自分が子供の頃はまだ走っていたが、

最近の日本では、めっきり見かけなくなった。

 

 

バイクの横に、人が乗る座席が付いている乗り物だ。

 

 

ジプニーが乗り合いバスとすれば、

トライシケルはタクシーだ。

 

近所へのちょっとした外出や買い物などで、気軽に乗れる。

 

 

それだけに、フィリピンのどこに行っても走っている。

 

 

一家に一台…

 

 

というわけではないだろうが、

かなりの割合で所有している家が多い。

 

トライシケルドライバーとして、すぐに仕事ができる…

というのもあるかもしれない。

 

 

 

初渡比で、幸運なことに?私はこのトライシケルに乗ったが、

お世辞にも、

 

 

 

乗り心地は良くない!!

 

 

だが、

座席周りがドアや窓ガラスで密閉されているわけではないので、

南国の風を体に感じることができる。

 

 

そして…何とも気持ちいい!!

 

 

 

不思議なもので、トライシケルに乗る度に、

「乗り心地の悪さでさえ、愛おしくなってくる」。

 

 

これがフィリピンなんだよ…

 

そう感じるのである。

 

 

 

こんなところも、フィリピンの魅力の一つだろう。

 

夜明けは近い…のか?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさしく蟻の一穴から?!…

コロナウィルスがここまで全世界に蔓延し、多くの犠牲者を出し、

 

いまだ現在進行中で、

収束の見通しさえ立たない現状は、

 

私はもちろん、世界の人々にとってもストレスだ。

 

 

 

 

 

 

それを初めて見たのは2019年11月下旬、

Twitterでの短い一文だった。

 

 

『中国の武漢で新種のウィルスが発生、流行…』

 

世界はもちろん、

日本でもこの時期、新型ウィルス(コロナウィルス)への関心はまだ皆無に等しかった。

 

翌年2020年2月くらいから、

COVID‐19  (日本ではコロナウィルスと呼ばれた)が、

全世界を恐怖のどん底に突き落とすことなど、

 

この時点で一体誰が想像できただろうか…

 

 

 

 

新型ウィルスと言っても、

場所は中国の内陸部。

SARS の時のように、

限定的な流行で、数ヶ月で終わるだろう…

 

 

多くの人はそう思っただろうし、

私もそう思っていた。

 

 

 

事実、

2020年になり、心配する一部の声はあっても日本は中国からの入国規制をすることもなく、

危機感は無かった。

横浜に入港していた「豪華客船ダイヤモンドプリンセス号」での新型ウィルス蔓延も、

 

"一種の事故"

 

と捉える向きの報道もあるほどで、

まだ対岸の火事と思われた。

 

 

ロックダウン

だが海外では、

外国からの入国を停止する国も出始めた。

 

フィリピンでは、今に続くまでのロックダウンの始まりだった。

 

 

国民の外出規制を強化する国も多くなり、

日本でも2020年4月に、

 

『緊急事態宣言』

 

が出されるに至った。

 

各家庭に特別給付金が支給されたり、

「アベノマスク」が配られたりもした。

 

密集、密閉、密接の三密を避けたり、

そのために多くのイベントの中止が相次いだ。

 

 

また、外出時は常にマスクをするのが常態化。

 

 

不要不急の外出は控えるように…

という言葉も叫ばれた。

 

それまでの常識が通用しなくなり、

本当に時代が変わる真っ只中。

 

 

歴史の転換点を私たちは生きている…

 

そう思える毎日だ。

 

 

隔離期間5日

そんなコロナ禍が続いているが、

 

今月10月からフィリピンでは、

2回のワクチン接種終えている、グリーンカントリーからの入国者は、

隔離期間を5日間に短縮するという。

 

 

各国のコロナ感染者の状況により、

フィリピンではそれぞれの国をグリーン、イエロー、レッドに色分けしていて、

日本は現在イエローカントリー。

 

まだフィリピン入国時には、

2週間の隔離期間が必要。

 

 

 

そんな中、グリーンカントリーからの入国者の5日間への隔離短縮は大きい。

 

 

とはいえ、

観光VISAでのフィリピン入国はまだまだのようだ。

 

 

 

アフターコロナで、

フィリピンへの入国が全て以前のようにはいかないだろうが、

 

観光での自由な入国に、

一歩近付いたと願いたい…

 

 

 

南方の人…

 

次はフィリピンで?!

昔、日本人はフィリピンはじめ東南アジアのことを、

「南方」

と呼んでいた。

 

私にも、そんな南方に関するこんなことがあった。

 

 

‥‥

 

 

彼女と結婚の約束を取りつける段階まで、

たどり着くことができた頃のことだ。

 

 

 

「フィリピンでイカウのこと、待ってるよ!!」

 

そう言い残して、

年末の慌ただしい時に、彼女は両親や兄姉の待つフィリピンに帰っていった。

 

 

 

以前、彼女が同じ県内の違うお店を契約満了で帰国した時は、

 

「もう会えないかもしれない…」

 

そんな悲しさがあったが、今回は違う。

 

 

 

 

オレは、彼女と結婚するんだ!!

 

 

彼女の人生を背負っていくんだ‥

 

嬉しさとともに、責任感に思わず拳をグッと握りしめる。

 

 

ともあれ、

年が明けた1月下旬にフィリピンに渡航すると決め、

準備に入った。

 

シャツ1枚にバナナ…

久し振りの海外渡航。

 

本屋でフィリピンに関するガイドブックを買い求め、

マニラ空港で無事に入国審査を通過できるように、

何回も目を通した。

 

フィリピンの成り立ち、気候、国民性などなど、

大体わかっているつもりだったが、

改めてそれらも読んだ。

 

 

 

 

フィリピンはルソン、ビサヤ、ミンダナオ地域に大きく分けられる。

 

日本で例えるなら、

首都マニラがあるルソンは関東、

セブのあるビサヤは関西、

ミンダナオは九州‥

 

といったところだろうか。

あくまでも私の主観だが…

 

 

 

彼女の住む「リザール州」はマニラ首都圏の隣に位置している。

だから、マニラ空港から約2時間もあれば彼女の実家に着く。

 

 

今ならインターネットで地図が見られるから、

すぐにそうわかる。

 

 

だが、1990年代後半はスマホなんかない。

もちろんネットもまだ一般には普及していない。

 

 

なにしろ情報が少ない。

 

 

また、

私の両親は子供時代に戦争体験があったので、

小学生ぐらいから、戦時中の話をよく聞かされた。

 

そんな時に出てくるフィリピンは、

「南方の国」であり、

現地の人はシャツ1枚で一年中過ごし、

お腹が減ったらバナナばかり食べている…

 

という類のものだった。

 

顔にペイントしてダンス?!

またガイドブックには、

 

"フィリピンにも少数民族と呼ばれる人たちがいて、

ルソン、ミンダナオの山岳地帯に暮らしている…"

 

 

というような記述もあった。

 

 

そして、

何かのお祭りだろうか…

 

顔を真っ白にペイントした男たちが、

いくつもの角が出たような被り物を頭にかぶり、

派手な衣装をまとって踊っている様子が、

写真で紹介されている。

 

 

 

これは何かの奇祭か‥?!

 

 

 

彼女の住む地域も、

このような怪しげな祭りをする辺境の地なのだろうか‥‥

 

 

いつかTVで見た、

どこかの原住民が肩を組んで輪になり、奇声をあげている祭りのシーンがよみがえる。

 

 

 

まさか、未開の地じゃあるまいし…

 

 

 

今になれば笑い話だが、

あの時は本気でそんな心配をしていた。

発展途上国という言葉から、

そんな勝手なイメージを抱いていたのだ。

 

 

 

まったく、

私は典型的な日本人のようだ。

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執筆者プロフィール
松田ミキオ (まつだ みきお)
フィリピンに全く興味が無かった男が、まるで運命に導かれるようにフィリピーナに恋をして、31歳で国際結婚。周囲の好奇の目をよそに、結婚歴18年が経過中。詳しいプロフィールはこちら
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